両親がこの家に初めて日本から遊びに来たのは
1979年の丁度今頃
父は玄関に入って寝室に荷物を置くなり
孫と一緒に庭に飛び出して
先ず何を始めたかというと
孫の為にブランコ作りでした
父は無頓着な性格で(はい、O型です)
裏庭に大きな銀杏の木を見るなり
板をのこぎりで切り始めました
あり合わせの材料でできたのが
何とも心もとない
何時落ちてもいいようなブランコでした
私と夫はその後何度作り直そうと思った事か

そうこうしているうちに
10年経ち
中学生になった子供達は未だブランコに乗っていました
そして
20年経っても
大人になった子供達は偶に家に帰ると
未だブランコに乗っていました
私も毎年今頃になると
このブランコに乗って
背中と首をそり返し
頭上の真新しい青葉を見るのが堪らなく好き

父が力いっぱい結んだ紐は
しっかりと太くなった銀杏の枝に食い込んで

この家に来る度にワイヤを補強して

孫達と一緒に乗っていました
そろそろ30年になりますが
落っこちそうなブランコが
未だぶら下がっているのは
亡くなった父の念力でしょうか
1979年の丁度今頃
父は玄関に入って寝室に荷物を置くなり
孫と一緒に庭に飛び出して
先ず何を始めたかというと
孫の為にブランコ作りでした
父は無頓着な性格で(はい、O型です)
裏庭に大きな銀杏の木を見るなり
板をのこぎりで切り始めました
あり合わせの材料でできたのが
何とも心もとない
何時落ちてもいいようなブランコでした
私と夫はその後何度作り直そうと思った事か

そうこうしているうちに
10年経ち
中学生になった子供達は未だブランコに乗っていました
そして
20年経っても
大人になった子供達は偶に家に帰ると
未だブランコに乗っていました
私も毎年今頃になると
このブランコに乗って
背中と首をそり返し
頭上の真新しい青葉を見るのが堪らなく好き

父が力いっぱい結んだ紐は
しっかりと太くなった銀杏の枝に食い込んで

この家に来る度にワイヤを補強して

孫達と一緒に乗っていました
そろそろ30年になりますが
落っこちそうなブランコが
未だぶら下がっているのは
亡くなった父の念力でしょうか


















コメント
コメント一覧 (69)
思い出のものを大切にしていらっしゃるchiblitsさんは素晴らしいです。
お父様がchiblitsさんたちご家族に作ったブランコ私も乗ってみたいです。重みで切れたりして☆(>_<)
私の父もよく物を作ってくれました。うちの葡萄棚もそのひとつ。
今朝もキッチンの床下収納の修理が必要だというと、夫、「じっちゃんにやってもらお。」って。
おいおい、父は87よ、カンベンしてよ。
おじいちゃんはみんなの心の中で生きていますね。
支えてくれている銀杏の木も素晴しい!
chiblitsさんのお庭はいいな〜
みんなで大事に使ってきたのでしょうね(*^_^*)
お祖父様もきっとたまに乗りにきて、見えない補強しているのかも……(^-^)
丈夫に作られたのですね
一生懸命に
感激ですね
感動してしまって
言葉になりません。
お父さんのブランコですか。
皆に大切にしてもらっているんですね。
ちょっと身近な場所に思い出の物がったりすると励みになりますよね。
家族から離れているからか、妹が来た時に作ったテルテル坊主に妙に愛着があって、今でも飾ってあります。ホコリだらけになってますけど・・妹が飾った時のままになっています。
画像もとても素晴らしいです。
これからも外さないで、
今度はchiblitsさんのお孫さんの為に
いつまでも残してあげて欲しいな・・・
なんて思いました。
今日はどこに出かけても、
パソコンでも、DVDでも、感動しまくりです。
奇麗な緑に年期物のブランコ、とても素敵です。
お父様の人柄がうかがえる温かいエピソードですね。
イチョウの木に、日本のじいじが作ったブランコなんて…。
ジーンと来ました。
ずっと残っていて、
次の世代に受け継がれていく・・・・
素晴らしいことです。
自分は子供達に何が残せるのかな、
と、ふと思いました。
「お母さんの顔を思いだす時、笑顔を思い出して欲しい。
そんな風に望んでします。
木に結んだ手作りブランコ、ってすごくいいですね!
あこがれですが、私の家の庭は、それどころじゃないですね。
いつまでも、ぶら下がっていてほしいです。
孫の為に作るお父さんの優しさが伝わってきました。いつまで揺れ続けてほしいものですね。
私、チリコンカン作りましたよ。
チリペッパ−というのですか、ピリリとスパイシ−で、タコスのパリッとしたのとよく合いました(^_^)v
今度は真似してピザにします。トルティ−ヤというのにも使うんですね。
chibilitsさんの言葉を通して、御両親の思いが伝わってくるような感じがするので。
リンク有り難うございました。
私のブログにもリンク貼らせていただきました。
どんな所にも 人を感動させる詩があるのですね。
chiblitsさんの豊かな感受性が30年の想いを伝えてくれました。
人と木、同じ時間を生きた証拠。
見る見る間に目頭から熱いものがこぼれ落ち・・・。
昔はブランコのあるおウチとか
ツリーハウスのあるおウチに憧れていました。
ご近所さんにツリーハウス&ブランコのあるおウチがあって
そこの前を通る度に子供の頃の憧れが思い出されます。
今の家のお庭には大きい木があるけれど
ブランコを作るにはふさわしくない木なので
やっぱりブランコのあるおウチは憧れです。
お父様の思い出がイッパイ詰まったブランコが
未だに木に立派にぶら下がっているのは
お父様ではなくchiblitsさんやご家族の
念力なんじゃないかと思う私です。
こうブランコに縁の無い年になると、急に乗りたくなるのですよ…(一人で乗ってたら怪しいしなぁ〜)
そぅ�△海蛙�日左側の顔が荒れ、むくんでたのですが、ヘルペス(帯状胞疹?)の可能性があるらしく、ヒヤ�△靴討泙后�
←ストレス&栄養不足&疲労でなるらしぃので気をつけてくださいね(´・ω・`)シ
これがご自宅にあるっていうのもすごい!
お子さんたちをしっかりと支えてきてくれた頼もしい木ですね。
お父様の想いが木に宿っているんですね。
chiblitsさんがブランコに乗っているときお父様に包まれている感覚になりませんか?
あははは!私も心配しながら乗ってます!(笑)
この最後の5年程は、特に父が亡くなってからはうちの家族、国宝並に取り扱っています。(笑)生きている時はもう外そうかなんて言っていながら、今は大切な大切な物になりました。
子豚のママさん!あーた、それ、ブログ一番荒しってのよ!私も一番荒し頑張るぞ〜っ!こちらは時差が時には優位に時には邪魔になったりしますけど。
アイヤイさんのお父様、私の父が生きていたら同じ歳かも。まだお元気そうでいいですね。
父も大工仕事が大好きでしたけど、ペンキ塗りは下手だったです。(笑)寝室のクロゼットのドアを塗ってくれたのですが、ペンキが厚すぎてぼこぼこ。今でもそのままなの。我が家には父の専用だった日本から持って来たスリッパがあったり、母のビゲンや洋服があったり。スリッパは私がはいていますが、母の洋服はそのままぶら下がっています。
ははは!しろきちさんとこでは突っ込み専門ですか!
花子さん、目が良いんですよね〜。
昨日はAxeをあっくせ〜って読んでいましたもんね!
父の存在感が凄く大きかったんですよ。我が家では。皆の心に深く根付いています。
この銀杏、実がなれば良いんですけどねえ。
近くに雄木がないので、実がならないんですよ。銀杏の実の食べすぎは良くないって小さい時に聞いた事があるのですが、本当かしら。
でも実は拾わないともの凄い匂いがしてきますよね。
数年前、じいさんがこれは大事にとっておこうねって言ってくれた時は嬉しかったです。
芝を刈ったり、水を撒く時邪魔になるんですけど、そんな時は木の枝に置いています。
未だ父が補強をしてくれているのかしれませんねえ。
いた人がいなくなるって不思議ですね。
居る時はいるのが当然と思っていて。
こんな事ならもっと色々すればよかったって思います。
実はこのブランコの隣にブランコと同じ位の時に取り付けたハンモックがあったのですが、こちらの方はもう一本の木が倒れてだめになりました。ブランコの方が長くもつなんて、思いもしていませんでした。
最初は普通のブランコでしたけど、最近は皆国宝扱いですよ!(笑)
皆の気持ちは同じようで、父を思い出すんですね!息子が幼稚園の頃、一緒に乗っている写真が沢山あります。新品のブランコでしたけどね。
てるてるぼうず、そのままにしておきたい気持ちよく分かります。そこだけ時間を停止しておきたいんですよね。そこにいったら当時に戻れるような。それを思うと切なくて涙が出てきます。
2、3年前は孫の為になんて思いもしませんでしたけど、最近になって、もしかしたら、孫も乗ることになるのかもと思い始めていたところです。最近は家族が大事にしているの。私が乗ると子供達が心配そうな顔をするのよ。失礼ね!
そんな銀杏の木にたくされたお父様の願いがひしひしと伝わってくるお話ですね。
名古屋市内には、大きな木は熱田神宮しかありません。
今日は感動しまくりですか!
どこにいらしたんですか?
私も感動しまくりたい!(笑)
カモメ食堂ですか!私未だみていなんですよ。あれは本当のお話ですか?
みてみたいですね。
ブランコ大好きです。
今でも公園に行くと、ブランコに乗ってしまいます。笑
ゆらりゆらりと揺れながら、私も空を眺めるのがとても気持ち良いです。
先ずブランコを作ったお父様は素敵な方だったのですね。
分かりきった事ですが、生きている時って存在している事が当然に思って特に感謝の気持ちも薄れているのですが、一旦いなくなると愛しいという気持ちがどんどん大きくなって、電話をしても誰も出ないんだとか、今日の嬉しい気持ちを報告できなんだとか思うと無性に悲しくなります。2人とも殆ど同時に亡くなってしまったので一年は何を見るにつけても悲しいでした。
笑顔を思い出してくれるって素敵な事ですよね!でも難しいなあ。
先週末娘が帰った時に娘の地雷を踏んでしまった!非常にセンシティブな所に話がいって。大人だからそんなに怒らないんだけど、(昔は怒ったら部屋から出てこなかったけど)来週は来ないなあと。(笑)言い方を反省しています。あああああ笑顔!笑顔!
何だか映画のお話を読んでる様な気持にもなりました。お庭に大きな木があるんですね。
それだけでも感動的でした。
私も乗りたいです〜。
のんびりブランコに揺られたいです。
帰国して早2ヶ月が経ちました。
やっと昨日インターネット開通!というわけです
これからも拝見します
わ〜お久し振り!
もう中3になったんですね!大変だけど一番楽しい学年ね!
庭は広いです。今はじいさんと私でどうにかお掃除しているけど、そのうち出来なくなるわね〜。でも何時までも畑は作りたいです。
このブランコ大切にします!
こちらこそご無沙汰しておりました!
私が子供の頃はブランコは公園か、学校にだけにあるものでしたよ!
このブランコの横にハンモックもぶら下がっていたのですが、こちらはもう数年前に木がダメになって。桑の木とこの銀杏の間にぶら下がっていたんですけど。ブランコだけはしっかりと残りました。そうそう、じいさんの話ではこのロープ、ビニールが入っているので丈夫なんですって。
流石にお料理の師匠、ユムユムさん、もう作られましたか!
多分チリペッパーは私が使ったものとは違うかも知れません。でもチリコンカンのキットに入っていたのだったらそうかな。東南アジアから来ているチリペッパーはメキシコのチリと大分違うようです。メキシコのチリは全然辛くないんですよ。きっとユムユムさんの事ですから、最終的にはご自分の感覚でよいお味が出来た事でしょう。
両親の事を思い出すと本当に切ない気持ちになります。自分が寂しがりやなので、両親も鹿児島で2人きりでどんなにさびしかったかと思うと。70歳を過ぎて、私がアメリカに帰る時はどんな気持ちだったのだろうと思うと。
会う度に思いましたねえ。あと何回会えるんだろうって。
リンク有難うございます。私、許可も取らずに貼っちゃいました。すみません。
有難うございます。
自分の気持ち、人に伝えて、同じ様に感じてくれれば嬉しいですね。ひと其々に似た経験はありますものね。特に親を思う気持ちは幾つになっても変りません。最近どこかのブログでおばあさんの詩を読んで涙がでました。自分はおばあさんだけど親の子供だっていう詩。たしかムームーさんだと思ったんだけど。最近直ぐ忘れちゃうんですよ。
この綱凄いなあと思っていたの。
そしたらじいさんがこれはビニールが入ってるからこんなに強いんだよって。
ビニールが入ってるようには見えなかったんだけど。父も同じ事を言ったらしい。この綱じゃ持たないよって。でも夫がビニールが入ってるから大丈夫だよって。鹿児島の800歳の木の事を雪虫さんが書かれていましたけど、凄いですよね。ず〜っと歴史を見てきたのね。この木だって、私達の前の家族を2家族も見てるの。
おてもやんさん、子供の頃にどこにいらしたの?日本じゃないでしょ。日本の家にはブランコもツリーハウスも見た事なかったですもん。
息子が庭の隅に自分でプレイハウスを作っちゃったわ。ひどい物だったけど。も〜それにしては壊すとき大変だった。(笑)
この数年はこのブランコ家族全員に国宝並の扱いされています。誰も居なかったから私乗れたけどね、娘がいたら心配そうな顔をしていたでしょう。(笑)
私は30代でヘルペスしました。痛くて痛くてスカートもはけませんでした。
これはストレスからなるんですってね。体調が悪くて、抵抗力が落ちている時。水疱瘡と同じ菌だけど、これは何度でもかかるみたい。気をつけなくちゃね。沙奈さんは大丈夫?ヘルペスじゃないと思うんですけど。ヘルペスなら恐ろしく痛いですもん。もしそうなら発病して3日以内なら薬や点滴で治りますよ。お医者様にいかれましたか?処置が遅れると大変だけど。2、3年前にアメリカではヘルペスの予防注射ができました。70になったらしてもらおうと思ってます。
すっごく気持ち良さそう!
ちなみに私もO型、無頓着な性格です。(爆)
我が家には両親の物が未だ色々残っていて、そうそうこの前は父の股引。(笑)そして今日は父のスリッパをはいて、母の下着も着てるんで、いつも両親に包まれて入る感じなんですよ。これがいよいよ古くなって着れなくなったらそれだけ時間が経ったって事でしょう?さびしくなるなあと思っています。
木を見ると本当に気持ちが静かになりますよね。平和の象徴、良く分かります。
鹿児島には結構何百年っていう木があるんですよ。昨日は雪虫さんが霧島の800歳の木の事を書かれていましたけど、800年もそこに立って鹿児島の歴史を見てきたんですよねえ。
うちの銀杏の木だって、私達がこの家は3家族目なんです。ず〜っと3家族も見てきたんですよね。この銀杏の木は。このブランコには孫まで乗って欲しいなあ。父も喜ぶでしょうねえ。息子の結婚式まで生きたいって言っていたから。
私も!
公園でブランコみたら必ず乗ります!!
天を見て乗るの大好き!空がぐるぐる動いて面白い気分になるんですよ!
父がこのブランコを作っている時を私はあまり覚えていないのですが、多分母とお喋りしていたんでしょう。でも夫はその日をはっきりと覚えているの。この紐は弱すぎるよって父が言った事とか。父もこんなに何時までも持つって思わなかったかも。
ふふふ、きっと子供達、私がブランコに揺られているのを見たら青くなったかも。(笑)
この数年はうちの家族、国宝級の取り扱いなのよ!うちの娘は大学の時も、秋銀杏の枯葉を山と積んでブランコからそこにぽーんって飛び入って遊んでいました。銀杏の葉に飛び込むの気持ち良いんです。
この銀杏の木、実もならないし、秋はお掃除が大変で恨めしい時もあるのですが、考えたらこの大事なブランコをぶら下げてくれているんだわ。木も大事にしなくちゃでした。
日本に無事落ち着きましたか!
良かったですね!
きっとご両親は大喜びね!
何時でも遊びにいらしてください。
コメントお待ちしてますよ!!
そちらの様子も教えてね!
くろねこ・ママさんもO型ですか
私もO型。なんでも自分の血液型のせいにしています。(爆)
父は何を思っていたのでしょうねえ。
多分30年後に大人になった孫達が、ばあさんになった自分の子供が未だ乗るだろうなんて露思わなかった事は確かでしょうねえ。
お父様が作られたブランコに皆さんが乗って遊んだ姿が目に浮かびますねぇ。
素晴らしいお話ですわ〜
このブランコに父と子供達が乗って遊んでいる写真があるんですよ。
それを見るとジーンときます。
時間は止まらないんですね。
どんどん過去が出来ていく〜。
今考えると子供達と住んでいる時間って短いですよね!私も親と住んだ時間が短かったように。
アメリカは特に高校を卒業したら、殆どそれで終わりですもんね。2人とも家にいたのは高校まででした。だから私達夫婦は2人きりになって随分長くなります。
私も何が残せるのかしら。うちの場合は日本の先祖を知りたいと思うのね。孫とか曾孫が。その為に私の祖父母、両親の写真集、説明等を残そうかと思っています。考えてみたら、名古屋から鹿児島に嫁に来た母側の親戚の事は私もよく分からないんですよ。何時かよく調べたいと思っています。母に聞いておけばよかったです。
ピンクのジャスミンです
可愛い花ですね
香りが素敵です、
失敗咲きそうです、
ブランコに揺られて見上げる空や青葉、好きですね〜。なんともいえない気持ちになりますね。思い出が詰まっているとなおのことでしょうね。枝に食い込んだロープに年月を感じてじ〜んときます。
chiblitsさんがブランコに乗る様子、なんか里帰りしてるみたいです。
お父さまも「また乗ってるな。」なんて見ていてくれるかも。
30年のブランコ、って言う事はこの銀杏の木も30年以上なんですよね!お父様と一緒に、多分、木の精も見守ってますよ〜♪
お父さんが、いまでも皆さんの心の中にあるように、このブランコも既にお庭の一部なんですね。自然と同化しているというか。。。
話は違いますが、ウチの母が「古くなって使いにくい」と文句を言いながら昔のおろし金をずっと使い続けていて、「買い替えたら?」と言ったら、姉と私が初めて食べた離乳食のリンゴを摺り下ろしたものだから、なんだか捨てられないということでした。さすがに、かなり前に代替わりしましたが。。。(^_^;;
ピンクのジャスミンは見た事ありませんでした。白ならお隣から塀を越えてツタタイプのジャスミンが生えてきています。
初めてこの家に引っ越して来た時、凄く大きな銀杏の木だと思ったのですが、それから30年近くたって昔の写真と比べると、当然なのですが、あれからまた更に木が大きくなっているんですよね。あれっこんなに小さかったのかなって思うほど。
私達がいなくなって他人にこの家が買われても銀杏の木だけは変わらずにず〜っとこれからも立っているのかと思うと不思議な気がします。この辺りの松ノ木の寿命は50年といわれています。そのとおりに、私達が引っ越して来てから大きな松の木が枯れました。銀杏の木の寿命ってどのくらいなんでしょうね。
本当にブランコに乗る度に両親を思うんです。
私達がここにいる限りず〜っとぶら下がっているでしょうね。
こうやって残してくれた物って今頃になってとても有難いと思いますね。
今日は部屋の整理をしていたら、両親からの手紙が沢山でてきました。その後はテープのやりとり。その後はイーメール、音声チャット、ビデオチャット、って段々便利になりましたけど書いた手紙も良いものですね。筆跡で両親の年齢を感じます。
わ〜お父様が作って下さったんですね。そういう思い出って凄く良い物ですよね。
私の父は私が子供の頃は忙しくてあまり遊んでくれませんでしたね。でも孫になったら可愛いんでしょうね。
孫に会うのが楽しみだったので、息子が5歳の時一人旅で日本に帰したんですよ。私は仕事があったので。3ヶ月鹿児島の両親と過ごしてその時の8ミリも声のテープも残っています。
木の精ってよく聞きますよね!
子供が小さい時はこの木によく登っていました。本当に登りやすい木なんですよ。
これから先も、私達がいなくなってからも、銀杏の木はず〜っと変らずにたっているんですよね。不思議な気がします。銀杏の木は見た!ですね。(笑)
初めまして!
コメント有難うございます。
Glitterさんのお母様も道具に色々の思いが入っているのですね。確かにそういう思い出があるとなかなか捨てられません。私も今使っている中華鍋、結婚前に実家で母が使っていたものなんです。私が20歳前から使っている物ですからもう40年も使ってるんですよ!都市ガス用に底が丸かったのに、こちらで電気を使っているので平らに変形しました。(笑)
またいらして下さいね。私もコメントが終わり次第お邪魔します。