
美味しい! 柿の焼き菓子
義兄の「私がまだ少年だった頃モンタナ州では…」はまるで
西部劇を読んでいるようです
出てくる人が多いので 一度 名前を書きだして読まないと
誰がどういう関係なのか分からなくなってしまいます
祖母の最初の結婚で義母が産まれたのですが
祖母の父親はその結婚を無効にさせた為に
祖母はシングルマザーになりました
2度目の夫はお産で妻を亡くしたばかり
連れ子が新生児も入れて5人いました
その後 二人生まれたので 全部で8人子供!!!
当時は子沢山が普通だったのですね
義母も子供を5人産んで専業主婦でした
経済的に貧しかったので
義父の魚釣りや鹿狩りは決して趣味道楽の為だけではなく
鱒や鹿の肉は大切な食糧源でもあったと書かれてあります
モンタナ州 ハーバー市
カナダの国境に近い田舎町ですが
中北部開発に貢献したGreat Northern Railwayが停まる為
街中の人達が鉄道で働いていました
線路の作業員達に 列車が来たことを告げる小さな爆弾があります
列車がそれを踏むと 爆発した音が前方の作業員に聞こえるので
作業を一時停止する・・・・

若い義父はそれを持っていて 使い済みの爆弾と思い
薪ストーブに投げ入れてしまいました
【本から抜粋】
冬のことだったため、祖父は馬をそりに繋ぎ、父を医者に連れて行かなければならなかった。医者は麻酔なしで手術し、指を縫合した。父は医者に激怒し、必ず仕返しすると誓ったが、結局実行しなかった。
凄い時代ですね
そりで病院に行って 麻酔無しで 医者に仕返しですと!
事故で義父が指を失くしたことは聞いたことがありました
でも 人生は分からないものです
こんな大変な事故が どう後で人生を変えるのか
義父は銃を握る指を失ったために
第二次世界大戦の徴兵を免れたのです
義父自身も戦争を生き延びられなかったかもしれないし
戦争に行っていたら義母に出会うこともなかったでしょう
つまりじいさんも生まれていなかった・・・
家族の為に書かれた兄の自分史は
飾らずありのままに 記憶の通り書かれているので
とても胸を衝かれます
モンタナ州の厳しい自然の中で暮らす・・・
じいさんの原点
姪がお母さんのことをもっと分かるようになった気がする・・・
と言っていました
お手数をおかけしますが
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ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした


















コメント
コメント一覧 (10)
公開は出来ませんでしょうがお話を少しでもシェアして頂き感謝です。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
それがこうした「市井の人」であるお義兄さまのお話でも。
こういうことを気付かされるたびに、老齢の方はもっと敬われても良い、という気になります。
まぁ近頃は向こうの方から「敬え!」とばかりに威張り散らすご老人も増えて、却って若い人たちを遠去けている話もたくさん聞きますが。
時代が違っても皆一所懸命生きているのは同じ、普通にしていれば良いと思うのですが、軽んじられているような気がしてむしろ威張ってしまうような人も、中にはいるのでしょうね。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
カルフォルニアのばあさん
が
しました
見えないだけで誰もが重いものを負い抱えているのを想います。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
それほど遠い昔に遡らなくても、私がフランスに移住した頃を思い出すと、本当に色々なことが変わったと驚きます。
私より一回り弱年上の方達から、皆さん船でフランスまで来られたと聞いて驚いたのが記憶に残っています。そして子供が生まれて日本の父に国際電話をかけたら、電話局から間違いではないかとの問い合わせがあり、高額の請求書が届きました。
日本に一時帰国の際には、カメラ、PC、観光案内書、地図帳、時刻表をカバンに詰めての移動でした。
台所には、日本料理のレシピが並んでいました。
それが今では携帯1台で全てをこなしてくれます。
ただ、ネット予約で日本の住所や電話番号が必要だったり、海外発行のクレジットカードが使えなかったり、海外旅行中にネットに繋がら無くなったり、携帯のバッテリーが切れたりと不便なことも出てきました。
今の若い人達から見たら、私達の生きた時代も「当時は・・・凄い時代・・・」に見えるかもですね。
カルフォルニアのばあさん
が
しました