
うっちゃんちの夕食
うっちゃんから電話がありました
郵便局の帰りだけど ちょっと歩きませんか?
勿論! 歩きます!! と返事をしました
そしたらじいさんも自分も一緒に歩きたい! と言いました
寒くもなく 暑くもなく 空気も綺麗で
本当に気持ちの良い日です
じいさんとラスタは 先に歩いて
私とうっちゃんはゆっくりゆっくり喋りながら歩きました
明日は土曜日だから 夕食会ね
ニジヤで冷凍の秋刀魚を買ってあるから焼き魚にしましょう
とうっちゃんが言いました
楽しいですね
こんな日がいつまでも続くと思っていたのですけどね
うっちゃんが 子供さん達やお孫さんがいる
南カリフォルニアに引越しを考えていると知った時はびっくりしました
ショックでした
歳を取って行くと 矢張り家族が近い方が心強いですから
あり得る事なのに全く考えていませんでした
私もじいさんも どうしたらいいのでしょうね
でもね 未だ考えない事にしています
こうして今は一緒に歩ける時に歩いて
一緒に食べられるときは食べて

先のことは考えないで 今を楽しまないとですね
うっちゃんだけじゃないですね
この仔も行っちゃうんですね

じいさん どうする
お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです
ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした


















コメント
コメント一覧 (32)
こんばんは、本当にたまーにコメント書いてます、まりまり&チロリです。
chiblitsさんとうっちゃんさんの楽しい出来事をいつも読ませていただき、温かい心持ちになっています。
私はchiblitsさんより少し年下ですが、最近思うのです。会いたい人には会っておかなくちゃ!と。
今、色々なことがあり、いつ、誰に、何が起こるかわからない。
だから今を大切に、会いたい人と会おう!
気が進まないことはやめようと。
いつも布団に入り、寝る前にこうしてchiblitsさんのブログを読んで、何となく心が通じたような気持ちで眠ります。いつもありがとうございます。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
私がフランスに移住した頃に知り合った先輩の方達は、皆さん将来もし離婚したりご主人が亡くなったりしたら、絶対に日本に永久帰国するとおっしゃっていました。
その方達は、今、全員こちらに残っていらっしゃいます。時が経ち、ご両親も亡くなって、子供さん達が欧州にいるということで、結局こちらに残ることにされたようです。
私は息子が日本に永住している上、近所に日本人も住んでいないので、もし1人になったら日本に永久帰国しようと思っていたのですが、旅行中の事故で日本で手術を受けた際、要領が分からなくてとても苦労しました。
お子さんが日本在住で、日本人のいない環境で暮らしておられる高齢の日本人の方の体験談をお聞きしたいと思っていますが、まだお目にかかれずにいます。Chiblitsさんのお知り合いで、そのような方はおられませんでしょうか?
カルフォルニアのばあさん
が
しました
「会っておいて良かった」と思ったことが何回もありました。
>ローレル
私も昔ローレルを植えました。度々剪定しないと高木になる事を知らなかったので、今は高木になっていて手をつけられません。妻から「この小枝の葉だけで1年間使えるから、残りの葉は畑の腐葉土にして欲しい」とキツく言われています。
この木に登るのは怖いので、山林労働者にお願いするのが良いかなぁ。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
お引越しなら、まだ、今の時代、すぐに顔を見ながらのお喋りも出来て、寂しさも、少し癒されますね。 天国に旅立った人とは、目に見える通信は出来ませんが、不思議なことに、距離感がなくなって、いつも側にいるような温かさを感じ
ませんか? チブリッツさんの言われるように、今の幸せをを大切に毎日を愉しんで暮らすのが一番ですね。 あの大雨以来、木々の緑、洗われて、きれいになり、紅葉も始まり、住宅街の散歩も楽しくなりました。生きているって、いいな、って思い、いつまで、こうして歩けるかしら、と幸せな気持ちと寂しい気持ちで、ふっと涙ぐんでしまいました。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
寂しくなりますね。
私も ここに越してきて20年
ずっと親しくしていた親世代の奥さんと
ちょうど1年前、さよならしました。
マンションだけど持ち家だし
旦那さまのお墓をこちらでと考えてらしたし
同居のお嬢さんはここで生まれ育ってるし
70を超えて田舎へ帰られるなんて
思ってもみなかったのです。
行こうと思えば行けるけど
今でも逢えないことが寂しくて
仕方ないです。
カルフォルニアのばあさん
が
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大切な人と離れてしまうのは本当に寂しいですね。
私にも子供が二人いますが、日本語もろくに喋れないので、彼らがアメリカから離れることはないだろうと思っています。
子供たちが巣立って、もし夫が先に逝ってしまったら・・・
今現在面倒なことは全部夫任せにしているので、電気料金すら自分で払える自信がありません。きっとそんなことは小さなことでなんとかなるのでしょうが、精神的な面でどうなるのか想像もつきません。
2011年に震災以来、里心がついてしまい、日本で死にたいと強く思うようになり、とりあえず子供たちが巣立ったら、3ヶ月くらい日本を旅するところから始めてみようかと思っています。
今のままならアメリカ暮らしも快適なのですが、老後はどうなるのか・・・
とにかく健康でいればその時やりたいことはきっと出来るでしょうから、健康第一でいくしかないですね。
カルフォルニアのばあさん
が
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でも元気でいればまたお会いできることもあるでしょうからますます健康第一でいなければ!ですね。
昨日、長女と二人で下関出身の93歳の女性とその娘さんご夫婦とお会いする機会がありました。
93歳の女性は耳が少し遠いのと認知症が少しばかりあるそうで60年ぐらいアメリカに住んでおられるのですが今では英語よりも日本語のほうが通じるみたいで、日本語で会話してくれる相手を娘さんが探していらっしゃったのです(お子さんたちはアメリカで生まれ育って日本語をほとんど話しません)。
歩いていらっしゃるのを見ると実家の母よりも足腰がしっかりしてお若く見えました。そのお年で下関の短大を出られたあとアメリカに来られて以来ずっとベイエリアに住んでいらっしゃってIBMや政府の仕事などバリバリと働いておられたそうですが、退職されてからはお子さんたちが住んでいる全米各地を転々として今回モントレーエリアに住む娘さんが同居されることになったそうです。
以前は1、2年に一度日本に帰っていらっしゃったそうですが、だんだんと日本に住んでいる人たちの言葉がわからない(流行り言葉やカタカナ言葉などかな?と思いました)と言い始めたそうです。それも含め、その方もお子さんたちが皆さんこちらに住んでいらっしゃったら日本に帰るという選択はなかったのかもと思いました。
私も両親が生きている間は何回か帰りたいとは思いますがまた住みたいとは思いません。こちらでなんのしがらみもなくのんびりと暮らしたいです。
カルフォルニアのばあさん
が
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私と夫は5年前日本に引っ越して来ました。なぜかと言うと二人の息子が日本に住んだからです。やはり子供が近くにいないと寂しいですからね。長年住んだアメリカへの愛着も有り、後ろ髪引かれる思いでした。今もアメリカに帰りたい思いはあります。日本に来て四年近く働きましたが、日本社会の複雑さが身に沁みました。でも職場の友達が沢山できたし、姉や叔母にいつも良くしてもらって、日本のありがたさも感じるようになりました。年取ると、子供がどっちの国に住むかで自分達の住む場所が変わったりしますね。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
リモートがあっても一緒に囲む食卓ほど満たされはしないですものね。ラスタにも会えなくなる…寂しいですね。
うっちゃんさんがくれたものは、本当にとても大きいですね。
時々永遠などないことをうっかり忘れてしまいますが、うちの母は「元気かな?どうしてるかな?」と思ったら会いに行きなさい電話をかけなさいとよく言います。手が届かなくなってからでは遅いでのよ、後悔しないようにしなさいね。と。
大切な人と楽しい時間をより多く共有できたら、それはとっても幸せなことですもんね。
カルフォルニアのばあさん
が
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うっちゃんですからね。
このブログでうっちゃんの名前、何度出てきたことか。
やっぱり家族のそばを選んだんですね。
仕方がないけれど、やっぱり辛いですね。
人間は離れてもlineで繋がれるけど、ラスタはそうはいかないし。
お嬢様もラスタに会いに来てらしたのに。。。。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
そこには3人の母国語が同じ人が入居しており、フランス語は理解出来るものの話すことは出来なくなっているそうです。しかし、その3人は彼らの母国語で楽しくお喋りしていて、職員の方達は助かっているとのこと。
リタイアした時点で日本への永久帰国も考えたのですが、日本語の出来ない主人のことを考えたり、こちらの家を売っても東京では狭いマンションしか買えないこともあって、こちらに残ることに決めました。その時点では、まさか息子が日本に永住することになろうとは思いもしませんでした。
私は普段でも年に2~3度しか日本人の方にお会い出来ない環境にあるのですが、それでも段々と日本語で物を考える方が楽になってきています。10年後はどうなっているのかと、時たま不安になることがあります。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
ラスタ君も、一緒に。。
読んでいて、なんだか涙がでそうになりました。
友人とお別れするのは寂しいですね。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
カルフォルニアのばあさん
が
しました
うっちゃんが いつか、、、、さんま食べたい!(笑)
気軽に行けていたのにね。
chiblitsさんのお気持ちよくわかります。
4人で歩いた思い出 忘れないですよね。
ご主人様が いらしてちょっとホットしました。ラスタも。
カルフォルニアのばあさん
が
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でもお別れの後は、年に何度かお泊り会とか! できたら楽しいですね。北と南に分かれてはいても…。
海外でそんな気の合う日本人の友人に巡り合えたこと、本当に羨ましいです。
カルフォルニアのばあさん
が
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それが・・・お嬢さんも
一緒について行かれました。
お嬢さんいわく
『いくら生まれ育ったところに帰るとはいえ 70過ぎてる親を一人で行かされへんもんね』と。
ひとりっ子のお嬢さんもそこそこ都会で生まれ育って 50を過ぎての引越し 友達との別れ 色々あったと思います。
でも お二人から それぞれに話を聞いていたので お互いを思う気持ちが痛いほどわかりました。
ちょっと不便いうても国内ですから 3、4時間で逢いに行けるんですけどね。
同じ階に住んでても数ヶ月会わないとか普通だったんですけど 普段,全然会わなくても
いつも近くに居てくれたから 安心して生活出来てたことを思い知らされたこの一年でした。
一緒に過ごせる今を大切にしてくださいね。
カルフォルニアのばあさん
が
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