
毎日でも嬉しい料理
1987年 ワイさんは高校生の姪御さんを連れて
我が家に泊まったことがあります
ワイさんは大人に教える英語塾を経営していたので
毎年生徒さん達を引率して英国に行っていましたが
あのときはアメリカ遠征の下調べだったのでしょうか
姪御さん1人を連れてカリフォルニアに立ち寄ったのです
大きな声でバイタリティーに溢れる方でした
2018年7月私の肺がんの手術の2日前に
渋谷でお友達が集まり 私を元気付けてくれました
その時 隣に座ったのがワイさん
当時家庭菜園に熱を入れて沢山お野菜がとれるので
姉宅に送りたいと言われました
手術も終わって姉宅で静養していた時
埼玉から大きな箱が届きました
中にはまだ葉や土がついたままの新鮮な玉ねぎ
じゃがいも ネギが沢山
ワイさんが送ってくださったのです
昨日お友達から
あの元気なワイさんが
去年の夏 亡くなられたことを聞きました
あんな元気な方が…なんで…
急にLINEのメッセージに返事が来なくなったので
家に問い合わせるとなくなられた…ということでした
この年齢になると何が起こるか分かりませんね
皆とお別れする時に
私だってこれが最後の帰国になるかもしれないと思い
友と手を握り合って別れました
お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです
ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした




















コメント
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2018年の秋、最初で最後の中学3年のクラス会がありました。
私はサンフランシスコから成田、北海道の千歳空港、2歳違いの弟が迎えに来てくれて、最終列車で小樽へ。 その弟は今、膵臓癌のステージ4で闘病中。 級友たちは78歳、77歳。中学では3年間同じクラスで57名でしたが、その時点で住所不明が18人、7人が逝去、出席者は18人でした。 写真などが送られて来て、僅か3ヶ月の間に2人が亡くなり、その後、現在までに6人が旅立ってしまいました。私たちは今、83歳と82歳。 会うことは難しくなりましたが、近況を知らせ合っています。 高齢者には、便りの無いのは良い知らせ、と言えず、ある日、突然に訃報に接することになるのです。
息子が集めていたチャリーブラウンの本で、彼が寂しそうに、<僕たちは、一回しか生きられないんだよね>と言ったら、スヌーピーが<違うよ!一回しか死なないんだよ、僕たちは毎日生きてるんだよ> って。 そう、私たちは毎日生きているのです。 チブリッツさん、毎日精一杯に愉しんで帰っていらしてくださいね。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
生きているものは必ず死ぬのだから、それを前提として、あるがままを受け入れ、今を生ききることが大切だと思っています。私は訃報には、「ご苦労様でした。よく頑張りましたね。」と思うようにしています。
「生きるも死ぬもあるがまま」
「病むときは病むがよろしい、死ぬときは死ぬがよろしい」
「生死は阿弥陀様にお任せ」
ついでに、感情をコントロールする時と猛烈な食欲をコントロールする時に自分に言い聞かせる言葉を紹介しますね。
「今の感情は偽モノ。私自身を傷つけている」
「今の食欲は偽モノ。反応性低血糖が起こっている」
カルフォルニアのばあさん
が
しました