
ミートソースでラザニア
LINEで呼び出しても姉が出ない
Teamsで呼び出しても出ない
姪にお母さんが出ないのだけど最近連絡あった?とテキストする
何度も呼び出していたらやっと出ました
Youtubeを大きく鳴らしながら食事中でした
姉は私が帰ると寂しい 滞在を延ばしたら・・・と言うくせに
一旦帰ってしまうと
向こうから呼び出してくるとか
寂しがっている様子はないです
結局は私の方が寂しがりやなのですよ
姉を手伝いにとか 元気付けにとか言いながら
つまりは自分の為でもあることは確かです
その証拠には 姉が株で忙しい時
昼寝をしている時 朝なかなか起きない時
一人残されたような気持になるのです
その時ブログしていて良かった〜と思います
私もしないといけないことがある
ブログを書いて 姉を待てる・・・・
日本から帰る3日前 実家から来た箱がそのままなので
日本に来る度に 一つは減らそうと思って
一つの箱を整理したら
実家に残っていた昔の家族アルバムが出てきました
1972年8月
私が結婚の為に横浜を発つ日の写真でした
船から投げられたテープを 姉が持って さようならと手を振っていました

毎晩電話をかけて反対していた姉が
一年後には こうして笑顔で見送ってくれたのですね
この日から53年経ちましたが
あの時からあまり変わっていない姉妹です

半世紀前のクルーズ船は姿に情緒がありますね
お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです

ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした



















コメント
コメント一覧 (18)
カルフォルニアのばあさん
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ご結婚に至ったお話、ぜひお聞きしたいです!
当時、留学が出来るなんてご裕福なご家庭だったのでしょうね。
お時間がある時、経緯、お聞かせ下さいませ^^
カルフォルニアのばあさん
が
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>53年前
そうですね。
その頃は、北海道では鉄道駅でもテープでした。
就職で出発する時は、札幌駅から沢山のテープに送られました。
カルフォルニアのばあさん
が
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アメリカとフランスは遠いですが、今回は同じ時期に東京に滞在して、同じ東京の空の下にChiblitsさんがいると思うと嬉しいような不思議なような気持ちでした。
お友達や親族と思う存分お喋りして、再び日本人の全くいない田舎の村に帰ってきました。エネルギーを沢山もらってきたので暫くは頑張れると思っていたのですが、フランス人のお友達のお誕生日会に参加して、凹んで帰ってきました。
今回、日本でオーバーツーリズムの嫌な場面に遭遇したことを話したら、フランス人達から「外国人観光客のお陰で日本の経済が豊かになっているのに、それを批判する貴方はおかしい」と、めちゃくちゃ非難されたのです。神社の鈴を鳴らして遊ぼうが、ゴミを道に捨てようが、大声で騒ごうが、それは受け入れるべき。フランス人は外人観光客を非難したりはしないと。
フランス人のプライドの高さには、本当に驚かされます。幸い、全てのフランス人がそうでは無いですが、やはり私はいつまで経ってもフランス人にはなれません。
早速、秋の日本への一時帰国の予定を立て始めました。
カルフォルニアのばあさん
が
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カルフォルニアのばあさん
が
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東京に住んでいる弟が同様なのです。
彼は一人暮らしです。東京滞在中は彼のマンションにお世話になります。実家が無くなってからは、いつもお世話になっていました。去年娘家族と日本旅行したときは、総勢七人ですので、娘家族はAirbnbを借りました。ただ、毎日夕食は全員で弟のマンションでした。
弟の休みの日は、みんなで東京見物。夕食時も、私の息子や娘の家族(旦那と孫二人)のおしゃべり、を目を細めて見ていたのです。滞在中は、日本のおじいちゃんに、孫たちもすっかり懐いていました。
>向こうから呼び出してくるとか
>寂しがっている様子はないです
私は毎週電話をします。でも、弟からは全くかかってきません(緊急以外)。おしゃべりしても、こちらの近況も聞いてくれない。私が掛けないと、多分何年も音信不通になるでしょう。人嫌いではないが、寂しくて誰かを求める事はしない。多分寂しくないのでしょうね。
カルフォルニアのばあさん
が
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私がアイドルを応援するようになった頃は、まだ舞台に向かってテープを投げて応援する習慣が少し残っていました。
テープの真ん中の硬い芯を抜いてから投げないと、万が一顔に当たったらけっこうな傷になる…なんていう話もありました。
今は推しの名前を書いてデコレーションを施した団扇ですかね〜。
まぁ「アーティスト」にはあまりこれをせず、「アイドル」に対しての応援のようですが。
お姉さまもChiblitsさんも、やることがあって何よりです。
「連絡が来ない」という一つのことから、考えがグルグルして悪いことばかり考え、被害妄想になって奇行に走る…ストーカーなんて案外こんなことが始まりなのかも、と思う昨今です。
暇よりも貧乏暇なしの方が良い、と最近はつくづく思います。
カルフォルニアのばあさん
が
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いつも感慨深いお話をありがとうございます。日本人が海外へ行くのは、まだ珍しい時代でしたから、それだけにテープを投げてお別れというのも、情緒がありますね。
Chiblitsさんが出されたレシピ本の巻頭に、留学された時だったか、ご結婚された時だったか、船で日本を離れた時のお話が書いてありましたね。加山雄三さんも乗船していたと記憶しています。
高校生だったChiblitsさんが勇気をもってダンスに誘った方が、今、100均の牛乳パック留めを使っていらっしゃると思うと、時の流れ、ご家族との結びつきを感じて、またじ〜んと感動してしまいます。
カルフォルニアのばあさん
が
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