「被災地の子どもたちにクリスマスカードを届けよう!」キャンペーン
〒985−0802、宮城県 七ヶ浜町吉田浜 字野山5−9
七ヶ浜町 災害ボランティアセンター
星 真由美 様(少年少女達へ)
英文の場合には;
〒985-0802 NOYAMA 5-9, YOSHIDAHAMA, SHICHIGAHAMA-CHO,MIYAGI-PREF. JAPAN
SHICHIGAHAMA-CHO Saigai-Volunteer Center,
Mrs. MAYUMI HOSHI (TO BOYS & GIRLS)






「日本へ帰った尺八」
世界で一番高い木。高さ111メートル、樹齢600年から800年のレッドウッドの木。名前までついている、「メンドシーノ トゥリー」。この木には名前があり、高さまでわかっている。私は世界1高いこの木の重さも知りたい。 カリフォニアのメンドシーノ郡にある。このメンドシーノ郡にあるユカヤの町に行ってきた。サンフランシスコからフリーウェー101号を北へ約120マイルのところにある。アメリカ人友達夫婦、バブとアルビラに会いに泊りがけで土曜日から日曜日にかけて行ってきた。
近所に住んでいた彼らは病気のため、娘夫婦(ティーナとスティーブ)の住むこの町へ連れて行かれた。私の住んでいるモントレーの山の中のブラッドレーとは木の種類も空気も違う。雨が多いのだろう。レッドウッドの木がびっしりと生えた高い山々に囲まれたこの町は、以前住んでいたシアトルの町を思い出させる。身が引き締まるような肌寒い空気も似ている。同じカリフォニアなのに北国に来たような感じ–する。
町の通りの名前が面白ろい。シャブリ−、バーガンディー、ソービグナン、などと、彼らの住んでいる周りの通り11の名前が有名ワインの名前になっていると言う。もちろん彼らの家の通りの名前もソービナナンというワインの名前である。何でワインの名前にしたのだろうか、私にはナッパバレーの近くにあるこの町もワイナリーが多いからとしか察しがつかない。ワインの町にしたかった役所の人達の意気込みだっただろうか。
彼らの家の中には、本物のワインがいっぱいあっタ。スティーブのコンピュータールームのクロゼットはワインの倉庫だった。びっしりと並べられた数々の本物のワインは11のワイン名の通りどころか、数え切れないほどあった。ようこれだけ集めたモンや。やはりワイナリーの多い町に違いない。「ワインを片端からテイスティングしながら、今晩、私はこの部屋で寝る」と言うと、皆は大笑いをした。今晩はワインがたっぷり飲めそうだ。
二日目、日曜日の朝はティーナとスティーブの友達夫婦(ジョーとジャネット)が一緒に朝食に来てくれた。60歳近いと思える白人夫婦。玄関から入ってきたジャネットの顔を見て私は思わず「アーッ」と言いそうになった。私好みのすごい別嬪さんだ。胸がどきどきしそうだが、隣に旦那さんのジョーがおるので、息を飲んで胸の動機を抑えねばならぬ。難儀やのう。眺めているだけで気持ようて十分なのに、彼女は笑ってまでくれた。白人にしては、小さく口を開けて笑う笑顔は又、私をわくわくさせた。これは、えらいこっちゃ。隣に嫁はんがおるのに私の胸の中にぱっと綺麗な薄紅色のバラの花が咲いた。やはり私は大阪の助ベーさんのようだ。
友は類を呼ぶ。別嬪さんは別嬪さんの友達をつくる。ティーナとジャネットはよく似ている、どちらも別嬪さんである。 女は自分よりブスな女友達を選んだほうが自分が目立ってより別嬪さんに見えるのにとこのフりムン徳さんは考えていたが、違うようだ。どうも友達というものは容姿じゃなくて縁でつくられるようである。二人とも綺麗な顔が似ている。肌色が似ている。肌が蚕の幼虫のように透き通っているように思える。眺めているとつい吸い込まれるような感覚に陥る。笑顔がいい。この二人の笑顔を見ていると心の癒しになる。嫌な事をすべて忘れさせてくれる。フリムン徳さんが生まれ変わったら、こんな女子はんと結婚したい。「徳さん、アホ抜かせ、別嬪さんと結婚したら、金がかかるのを知らんのか。己の酒代もよう稼がんくせに」。まだ似たところがある。
薄いグレイの髪に少し白い髪が混ざった頭の毛。フリムン徳さんは、へたくそな英語で真剣に聞いた。「あなた達は髪の毛の色で友達を選ぶのですか」と。
ジャネットの旦那さんの身体の大きなジョーが深々と頭を下げて、日本語で「オハヨウゴザイマス」と言った途端に私は緊張がほぐれた。ジャネットに自分勝手に惚れ込んでいた心の緊張である。急に親しみが沸き、身近な人に感}られた。英語に弱い私にはアメリカのこんな山の中の町で白人の口から出る片言の日本語に耳が立ち、目が丸くなって親しさを感じる。
さらに彼の語る尺八にまつわるストーリーは私の心をほのぼのとさせた。 彼は中学生の頃、日本の女性と文通をしていた。軍隊に入り、朝鮮戦争で日本の横田基地に寄った際、栃木県の文通をしていた女性の家へ行った。彼女の家は300年も経つ古い農家だった。生まれて初めてのすき焼きや、わさびの固まりを丸ごと食べて涙が止まらなかったこと、古い珍しいものを見せてもらったこと。彼が一番興味を持ったのは壁に飾られていた古い尺八だった。おじいさんもおばあさんも誰も吹けないから飾ってあるだけと言って、惜しげもなく、彼に日本のお土産といってプレゼントしたと言う。
彼はアメリカへ持ってきてから、尺八の吹き方に挑戦したが、やはり上手に吹けなく、「尺八は日本人の吹くもの」と諦らめて、日本の家の壁に飾られていたように、彼も家の壁に長年飾っていたという。ところが2年程前にこの尺八に面白いことがおきた。文通をしていた栃木県の友人の孫娘がアメリカのこの町へきた。この時、彼は「自分は吹けないで壁に飾っているだけだから、この尺八は日本へ返すべき」と思い、孫娘に尺八をアメリカ土産としてもたせたそうだ。40年近く、アメリカ人の家の壁に飾られていた尺八は又故郷の日本自分の家へ帰って行った。40年後に日本へ帰った尺八の運命とジョーのやさしい気持とジャネットの綺麗な顔は、大阪道頓堀の赤い、青い火のネオンのようにほのぼのと私の胸に咲いている。
by フリムン徳さん
プリムン徳さんはエッセイ本「フリムン徳さんの波瀾万丈記」
を出版されています。

今日もフリムン徳さんのエッセイを読んでくださって有難うございました。 下にはフリムン徳さんへメッセージをご自由にお書きください。 いつも沢山の応援を有難うございます。

〒985−0802、宮城県 七ヶ浜町吉田浜 字野山5−9
七ヶ浜町 災害ボランティアセンター
星 真由美 様(少年少女達へ)
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Mrs. MAYUMI HOSHI (TO BOYS & GIRLS)






「日本へ帰った尺八」
世界で一番高い木。高さ111メートル、樹齢600年から800年のレッドウッドの木。名前までついている、「メンドシーノ トゥリー」。この木には名前があり、高さまでわかっている。私は世界1高いこの木の重さも知りたい。 カリフォニアのメンドシーノ郡にある。このメンドシーノ郡にあるユカヤの町に行ってきた。サンフランシスコからフリーウェー101号を北へ約120マイルのところにある。アメリカ人友達夫婦、バブとアルビラに会いに泊りがけで土曜日から日曜日にかけて行ってきた。
近所に住んでいた彼らは病気のため、娘夫婦(ティーナとスティーブ)の住むこの町へ連れて行かれた。私の住んでいるモントレーの山の中のブラッドレーとは木の種類も空気も違う。雨が多いのだろう。レッドウッドの木がびっしりと生えた高い山々に囲まれたこの町は、以前住んでいたシアトルの町を思い出させる。身が引き締まるような肌寒い空気も似ている。同じカリフォニアなのに北国に来たような感じ–する。
町の通りの名前が面白ろい。シャブリ−、バーガンディー、ソービグナン、などと、彼らの住んでいる周りの通り11の名前が有名ワインの名前になっていると言う。もちろん彼らの家の通りの名前もソービナナンというワインの名前である。何でワインの名前にしたのだろうか、私にはナッパバレーの近くにあるこの町もワイナリーが多いからとしか察しがつかない。ワインの町にしたかった役所の人達の意気込みだっただろうか。
彼らの家の中には、本物のワインがいっぱいあっタ。スティーブのコンピュータールームのクロゼットはワインの倉庫だった。びっしりと並べられた数々の本物のワインは11のワイン名の通りどころか、数え切れないほどあった。ようこれだけ集めたモンや。やはりワイナリーの多い町に違いない。「ワインを片端からテイスティングしながら、今晩、私はこの部屋で寝る」と言うと、皆は大笑いをした。今晩はワインがたっぷり飲めそうだ。
二日目、日曜日の朝はティーナとスティーブの友達夫婦(ジョーとジャネット)が一緒に朝食に来てくれた。60歳近いと思える白人夫婦。玄関から入ってきたジャネットの顔を見て私は思わず「アーッ」と言いそうになった。私好みのすごい別嬪さんだ。胸がどきどきしそうだが、隣に旦那さんのジョーがおるので、息を飲んで胸の動機を抑えねばならぬ。難儀やのう。眺めているだけで気持ようて十分なのに、彼女は笑ってまでくれた。白人にしては、小さく口を開けて笑う笑顔は又、私をわくわくさせた。これは、えらいこっちゃ。隣に嫁はんがおるのに私の胸の中にぱっと綺麗な薄紅色のバラの花が咲いた。やはり私は大阪の助ベーさんのようだ。
友は類を呼ぶ。別嬪さんは別嬪さんの友達をつくる。ティーナとジャネットはよく似ている、どちらも別嬪さんである。 女は自分よりブスな女友達を選んだほうが自分が目立ってより別嬪さんに見えるのにとこのフりムン徳さんは考えていたが、違うようだ。どうも友達というものは容姿じゃなくて縁でつくられるようである。二人とも綺麗な顔が似ている。肌色が似ている。肌が蚕の幼虫のように透き通っているように思える。眺めているとつい吸い込まれるような感覚に陥る。笑顔がいい。この二人の笑顔を見ていると心の癒しになる。嫌な事をすべて忘れさせてくれる。フリムン徳さんが生まれ変わったら、こんな女子はんと結婚したい。「徳さん、アホ抜かせ、別嬪さんと結婚したら、金がかかるのを知らんのか。己の酒代もよう稼がんくせに」。まだ似たところがある。
薄いグレイの髪に少し白い髪が混ざった頭の毛。フリムン徳さんは、へたくそな英語で真剣に聞いた。「あなた達は髪の毛の色で友達を選ぶのですか」と。
ジャネットの旦那さんの身体の大きなジョーが深々と頭を下げて、日本語で「オハヨウゴザイマス」と言った途端に私は緊張がほぐれた。ジャネットに自分勝手に惚れ込んでいた心の緊張である。急に親しみが沸き、身近な人に感}られた。英語に弱い私にはアメリカのこんな山の中の町で白人の口から出る片言の日本語に耳が立ち、目が丸くなって親しさを感じる。
さらに彼の語る尺八にまつわるストーリーは私の心をほのぼのとさせた。 彼は中学生の頃、日本の女性と文通をしていた。軍隊に入り、朝鮮戦争で日本の横田基地に寄った際、栃木県の文通をしていた女性の家へ行った。彼女の家は300年も経つ古い農家だった。生まれて初めてのすき焼きや、わさびの固まりを丸ごと食べて涙が止まらなかったこと、古い珍しいものを見せてもらったこと。彼が一番興味を持ったのは壁に飾られていた古い尺八だった。おじいさんもおばあさんも誰も吹けないから飾ってあるだけと言って、惜しげもなく、彼に日本のお土産といってプレゼントしたと言う。
彼はアメリカへ持ってきてから、尺八の吹き方に挑戦したが、やはり上手に吹けなく、「尺八は日本人の吹くもの」と諦らめて、日本の家の壁に飾られていたように、彼も家の壁に長年飾っていたという。ところが2年程前にこの尺八に面白いことがおきた。文通をしていた栃木県の友人の孫娘がアメリカのこの町へきた。この時、彼は「自分は吹けないで壁に飾っているだけだから、この尺八は日本へ返すべき」と思い、孫娘に尺八をアメリカ土産としてもたせたそうだ。40年近く、アメリカ人の家の壁に飾られていた尺八は又故郷の日本自分の家へ帰って行った。40年後に日本へ帰った尺八の運命とジョーのやさしい気持とジャネットの綺麗な顔は、大阪道頓堀の赤い、青い火のネオンのようにほのぼのと私の胸に咲いている。
by フリムン徳さん
プリムン徳さんはエッセイ本「フリムン徳さんの波瀾万丈記」

今日もフリムン徳さんのエッセイを読んでくださって有難うございました。 下にはフリムン徳さんへメッセージをご自由にお書きください。 いつも沢山の応援を有難うございます。



















コメント
コメント一覧 (11)
ちぶりっつさん、今クリスマスカードの中間報告メールが来たのでチブリッツさんのYahooアドレスに転送しました。本当に何か続けられるといいですね。
そういえばカイシャさんのお父様は尺八の演奏家でしたね。 日本から来たピアノもひびが入るって聞いた事があります。
メール見ました。 あの写真を見たらちょっと感動して涙が出ました。 私 3枚 書いたのですが中学生相手のような文になって。 ニュースを見ると矢張り小学生に届いたのですね!
徳さん、
尺八は良いお話でした。異郷の土地で出番も無くてさぞかし不安だったことでしょう。
別嬪さんとお会いしても奥さんの前ではデレデレしたらいけませんよ。心の中では勝手にやって下さいね。
この前、といっても8月ですが難波に行ったのですよ、赤い火 青い火 まだまだ大阪は元気でした。
うちの父親が材木を扱う仕事をしていたので、メンドシーノ トゥリーのような木があるとは知りませんでした。
父はいつも高級なヒノキばかりを見ていたので。
日立のCMに出てくる木も見てみたいです。実は父の親友が日立の販売店を経営しているからです。
ユカヤの町はよく雨が降り、大きな木が育ち、湿気があるから、尺八はひび割れしなかったと思います。
* 誓いの言葉さん
嫁はんが一緒の時に別嬪さんを見たら、片目をつぶって見るようにします。
道頓堀の赤い火、青い火は元気でしたか、恋人のように懐かしいです。
* スーパーももちゃん
メンドシーノ トゥリーはレッドウッドゥです。
私がロスアンジェルスで、茶室を造っていたころは、杉の木がないので、敷居、鴨居、柱をレッドゥ ウッドゥで造っていました。ロスアンジェルスの日本人ガーディナさん達はレッドゥ ウッドゥのことをアメリカ杉と呼んでいました。
フリムン徳さん
徳さんは、いつもたくさんのご友人にかこまれていらしていいですね。
先日のお父さまのお話も、心に残っています。
ほんまに、私の人生は人に恵まれているようです。
困った時はすぐに誰かが、助けてくれます。
ウヤフジが見守って、指図いるようです。
私たちを生み育ててきたウヤフジは私達のことを全部知っている、一番近くにいる仏様だと思います。。
だから私はウヤフジを一番大事に、心の中でしています。
フりムン徳さん
昨日 日本の友人から カードが届きました。
中に書いたあった言葉を ここに記してみます。
”徳さんの本、読みました。
前進、前進の徳さんに ハッパをかけられるのではと思っていましたが、 癒されました。
一生懸命な気持ちが素朴な文章から伝わり、とても
好感が持てました。
素敵な本を ありがとう!!”
私も 彼女の文章を読んで とても嬉しかったです。
やることが早い、問題の解決の仕方の達人、物事の段取りの達人、そして、頭を常に360度回転させているお方に間違いない。つい先日5冊の本を買ってもらって、友人の方に送ってもらったと思ったら、もう、コメントの言葉まで頂いている。
ほんまに、おおきにありがとうございます。
うれしいです、これでええ正月が迎えられそうです。
正月には羅府新報の新年文芸コンテストの発表があります。
毎年7年間、7回応募しましたが、だめでした。
今年も8回目、懲りずに、68歳のはげ頭を掻きながらエッセイを書いて応募しました。
「7転び8起」という言葉があります。
私のエッセイ応募も来年は「7転び8起き」になるような気がしています。
発表まで、あと5日、入学試験発表を待っている気分です。
もし、合格でしたら、一番初めに、カリフォニアのばあさんブログにお知らせします。
# 真珠おばさん
おもろい、おもろい、エッセイを書こうと、ニヤニヤしながら、頑張っています。
フリムン徳さん
残念ながら、全部あたっていません。
自分たちの時代を思い出してみると、 徳さんは 長男としての役割を失わず、 夜間高等学校も途中でやまないで、夢を持ち、育ててきたのだから、すごいなぁと 思います。
7回 文芸コンテストに応募なさったということは 7つ、作品があるのですね。
いいのが、できますように お祈りしております。
私も 外国に住んでいますが、 うやふじさまのことを思ったら、 ひとりぼっちではありません。
生まれた時から キリスト教の夫は 両親が天国へ旅だち、 たった一人ですが、 祈ることは この人の強い支えになっているのだと 思います。
わがままな人なんですが、 大病をして、2日間、ベッドに入らず、椅子に座り、夜をあかしているときに こんなわがままな人が、 へこたれない力は 信仰からかと 思えます。
訊いたわけではありませんが・・・。