
金時豆のサラダがとても美味しいです
ここに金時豆の煮方とサラダの作り方を載せました
息子が小学3年生になった時
面談の時に 担任の先生から言われました
K君は喋ることが他の子と比べると遅れています
英語の発音もしっかりできていないし
スピーチセロピーを受けた方が良いと思います
とてもショックでした
全部私のせいです
喋るのが遅れているのは 私が日本語で話すからでしょう
家では英語だったり日本語だったり
ちゃんぽんだったり
矢張りアメリカでこれからの教育を続けて
良い学校に行くためには 先ず英語をしっかりさせなくては・・・
と思いました
セロピーが始まると ことごとく発音を直されていました
先生から
「RとLの発音を間違えます」
「th」の発音がなかなかできません・・・云々言われました
全く私の間違いそのままです
私も一緒に一生懸命直そうと努力しました
それ以来 我が家から日本語が消えてしまいました
今なら そんなお母さんに
英語は時間さえ経てばどんな子も話せるようになるのだから
家ではしっかりと日本語で話しなさいと言います
カリフォルニアもこの40年でとても変わりました
特にカリフォルニアはアングロサクソン系アメリカ人が半分以下になりました

学校では自分の国の言葉を大切にしましょう
自分の先祖を誇りに思いましょう
と教え方も変わってきました
今だったら息子のスピーチセロピーもなかったのではと思います
私とは日本語だけで喋るというルールを作るべきでした・・・
歳を取って分かって来る事がありますね
でも勉強しなさいとはあまり言わなかったです
2人共勉強嫌いで 言うと親子関係を壊すと思ったので諦めでした
先日「育児」について聞かれて
これについて書くのを忘れてしまいました
お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです
ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした





















コメント
コメント一覧 (34)
違いますよ〜、お母さんのせいではありませんよ〜。
お母さんが日本語以外、お父さんとは英語またはその逆というご家庭は特にカリフォルニアでは普通と言っても過言ではないくらいそう珍しくはないではないでしょうか。うちの娘も7歳まで日本で育ち、こちらへ来てからも私は日本語で話し続けましたが、小学校入学してからの英語習得は目まぐるしいものがあり、担任からも一学期目はやはり少しハンデありとの言葉でしたが、その後は全く問題なしでした。逆に、両親ともに英語のネイティブスピーカーでもスピーチセラピーが必用なお子さんも数名知っています。なので、子供時代の言葉の遅れ等はその子の個性だと思っています。
今はご立派なお仕事について家族もきちんと養っていらっしゃる。それでいいではないですか。育児について質問があったのでと書かれていますが、『後悔』という言葉は似合いません。当時はお子さんを思い、ベストを尽くされたのですから。
カルフォルニアのばあさん
が
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子育てですか❗
正解⭕なんてわからんです
誰も。
私自身も毎日毎日思っています
でも、息子さんは優しく、頼もしい素敵な人に育ってます。
素敵ですよ。
私は、とりあえず元気な子供たちで嬉しく思っています‼️
頑張って👊😆🎵いきましょう❗
カルフォルニアのばあさん
が
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親はやはり、その時その時での「最善の選択」をしているのだと思います。
胸を張って、肩をポンポンとしてくださいね。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
しかし、私の知ってる周りを思っても、複数の言語は習得してる人が多かったです。
個人で診療クリニックを開いた時も、言語の特異性も表記してました。有効に利用してる。
親は出来る事をして、後は子供自身の問題で、学びたい時が来たらそうしたらと思います。
Chiblitsさんの思いは納得ですが、私だったらどうしたかしら、と考えると、担任のせんせいの言葉を鵜呑みにせず、
自分の判断を優先したと思います。仮定のことだから不確かです。でも天の邪鬼だからそうしたかなとの想像。
Chiblitsさんの判断は、英語優先だった。
今になって分かること、私もいっぱいあります。それだけのような気がすることもあります。
それは良いことと解釈してます。そのレベルでもあの立場に居られたのだから。
今みたいだったら、嫌な人間で周りの大人から好かれなかったなぁ、と。
未熟 完璧でないことが人間らしいかな。
過去 現在も自分が理解しない言葉には、国を問わず違和感を抱いて周りがひいたり、攻撃の対象になることもあります。
今日の記事は、これからの人たちへのアドバイスですよね。
私のドイツ人も日本語は全く駄目でした。
理由は、ビジネスで通訳が入ると、その間考える時間(交渉の)が出来るからと、創業者に言われたからです。
従って私も英語の世界になりました。
台風 関東では千葉県が凄かったです。停電など。
昨日夕飯を食べてる時間に雷で、停電になりました。落雷を防ぐために一斉に東電が送電を切ります。
いつもは、数秒だったり短時間なのに、昨日はちょっと長かった。
夕方なのにむっと熱気で、電気がない人たちのことが真っ先に浮かびました。
https://www.fnn.jp/posts/00048121HDK/201909101843_livenewsit_HDK 千葉の様子
現代社会は便利になった分、脆いんですね。
カルフォルニアのばあさん
が
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市原に住んでいます。畑の大木が倒れ、道をふさぎ消防の方がレスキューしてくれました!
カルフォルニアのばあさん
が
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子育てって あの時こうすれば良かったって いっぱい あります。
言葉の壁 その時良かれと判断した行動はとても良かったと思います。
皆 今になって考えるとって 沢山ありすぎてね…^_^
子育てしながら 親も経験 積んでひとつずつ親になるのだと感じます。
お空から自分の親を選んでお母さんのお腹に入り込みするらしいです。
だから子供のいない方は以前(前世❓)子育てしたから
今度は違う人生を選んで
例えば 仕事を選び 独身で自分が主人公だからこういう生き方をするって決めて
生まれて生涯をとシナリオがあるみたいです。ふふふ❣
カルフォルニアのばあさん
が
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今でも移民の子供たちはそれぞれに難しい立場にいるだろうと想像します。 異国で習う言葉は自転車の後輪とも聞きました。前輪がしっかりしていればペダルはしっかり回って後輪に伝えるそうです。親ができることは、せいぜい自転車が倒れないようにそっと見守ることくらいでしょうか。
息子さんは素晴らしい繊細な心と技術を持たれた方で、小さいときには無理矢理に走らせれたかも知れませんが、ご自分の才能を開花されている素晴らしさはチブリッツさん&じい様様のDNAで間違いありません。
カルフォルニアのばあさん
が
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同じようにアメリカで育ち、日本代表になったアイスダンスのスケーターさんのお話を聞いたことがあります。
弟さんは小学校でやはり言語障害が指摘され、確かそれが精神面にも影響していたらしく、そこから英語だけでの生活になったので日本語が話せなくなったと。
何もしなくても2か国語3か国語を使い分けられるお子さんもいますし、
言語の習得は個性もあるので、必ずしもそれが正解というのはないかと思います。
アメリカで生活するのですから英語が話せれば充分。
日本でももちろん。
得意分野を見つけて伸ばしてあげたいと思うのです。
最近、オリンピックのブームで英語を習って道案内ボランティアを…というのをよく耳にして、英語より東京の地理と会場情報習得が先では?グーグルさんが活躍する時代に果たしてどれだけの需要が…と度々思うこの頃です^^;
カルフォルニアのばあさん
が
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親御さんも寂しいのを我慢して子供の為に最善と思いそうされたのでしょうね。複雑なお気持ちだったと思います。
でもChiblitsさんが家で英語で話すことでChiblitsさんの英語は上達したと思いますし、旦那さんも疎外感無く過ごせたというメリットもあったかと推測します。我が家は私と子供が日本語、旦那は日本語話せず、英語が母国語ではないので、そういう寂しさもあります。旦那の国の言語を小さい頃から10年、時間をかけて習わせましたが全く身に付きませんでした。こんなことなら日本語の読み書き習わせておけばよかったのではという思いもあります。(日本語の読み書きは多分小学2年生レベルです。)
Chiblitsさんのお子さんたちが通われた高校には当時日本語のクラスはありましたか?近年日本語のクラスがある高校が減ってきてるような気がします。
まとまりのないコメントですみません。
最近朝晩冷えますが、体調くずされませんように。
カルフォルニアのばあさん
が
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これ以上のことはないと思います。
良いお母さんに育てられて、立派になったんだと思いますよ。
(おっとお父ちゃんもいたんだった!!)
カルフォルニアのばあさん
が
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日本に住み日本語しか話せない二人の子供を抱えた友人が言ってました。
彼女の日本語は普通に話せるレベルです。
娘とは小さい時から自国語で話しておけば良かったと後悔しているそうです。
本音を娘に自国語で思い切り話したいのだそうです。
発音やっぱり「RとL」 「th」ですか。
私は中学生の時からきれいな発音ねと褒められていい気になって
ケンブリッジに行ってみたら通じない!何度も何度も聞き返される!
イタリア人たちのこねくり回したような発音はすんなり通じるんですよ。
つまりR、L、thがまるでダメなんでしょうね。
ついでにI got it.とかwomanとかとか 音が違うのが自分ではっきり
分かるのにどうしても発音できない言葉がたくさんあります。
カルフォルニアのばあさん
が
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会話というより、Chiblitsさんが教えてあげたい言葉をちょっとずつ教える(伝える)という感じで。
そういえば以前、お孫さんがChiblitsさんの為にお守りを作っていたのが印象に残っています。
日本の歴史や自然・文化・生活であったり、日本人の感覚や考え方など、少しでも。
感性豊かなお子さんたちのこと、それにChiblitsさん譲りの思考力と理解力でみるみる吸収してくれそうです。
Chiblitsさんが使う豊かな日本語を、お子さんたちに伝えてあげられるって、素晴らしいと思います。
カルフォルニアのばあさん
が
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今年の6月からベイエリアに住みはじめた新米です。
ブログ村でこちらのブログを見つけて、毎日お料理のメニューを考えています。
キヌア&ケールのサラダが家族にとても好評でした。
とても楽しくブログを拝見しております。
私はアメリカ人の主人との間に、7歳になる息子が1人います。
息子はこれまで日本で育ち、母語は日本語ですがこれから米国で生活する(予定)なのでおっしゃるように英語でしっかり話すことをさせないといけないと思っています。反面、日本語も日本人と遜色なく読み書きできるようにさせたいと思っていまして毎日頭を悩ませています。
今回の記事、とても参考になりました。
もしよろしけば私のブログものぞいてみてくださいね。
https://californianlife.hatenablog.com/
カルフォルニアのばあさん
が
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子供は特有な病気も通過しなくてはならないですから。老人になったらまた病気になって人生が完結するのかな。
戦前までは日本は大家族の構成で、戦後から急に核家族になりました。
核家族の方法も未熟なまま。その弊害が日々ニュースになってます。
日本人は知ってる人には、親切だけど他人には無関心の傾向があります。欧米人の様にさっと困った時、助ける習慣がないです。私も東京で経験しました。驚いてどうしていいか戸惑うのでしょうか。本来は優しい国民なのに。
第2の反抗期ならぬ、第2の浦島太郎の気分の様でした。最初はアメリカから帰った時、それからここの生活になって。
私は会社からの費用でBerlitz NYに通いました。個人レッスン130時間程受けました。1レッスン日本円で1万円の記憶です。
途中一度だけ反対の方向にふらついて、ブロードウェー散策、その日だったか次のレッスンだったか遅れて行ったら先生が個室にきちんとした姿勢で私を待ってました。その姿を見た時感じることがあり、それからは一度も休まずでした。
検索したら現在は学校移動してました。
異文化生活してる人は、帰国した時、浦島太郎 花子になるのかなぁ。私だけかしら。
カルフォルニアのばあさん
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私は自分の子供に私を理解して欲しかった。年を取ってたとえ私が痴呆になって、日本語しか出て来なくなってもね。日本語で話しかけましたよ。だって英語下手ですよ。教えられる訳ありません。それでも次男はダメでした。個人差がありますね。語学に長けていない子もいるし、頑なに拒みました。日本語補習校に通わせましたが、クラスから脱走続けましたので、辞めさせて、ずっと外人呼ばわりしてましたが今ごろになって、日本語を習っています。私が後悔しているのは、小さい頃に中国語が小学校で放課後提供されていたのに、とんでもない、と受けさせてもらえなかった。もっと抗議するべきだった!と、今は後悔してます。
カルフォルニアのばあさん
が
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私は、娘が生まれた時から私とは日本語、主人とは英語とその姿勢を崩しませんでした。私といる時間が多い娘は、第一言語が日本語でした。主人からは娘と話が出来ないと愚痴られましたが、娘がちゃんと英語を話せるまで待って貰いました。←ここ大事だと思います。そのお陰で娘の日本語は目を閉じて聞いていると日本人です。英語も私がコンピュータのクラスを大学で取るついでに娘は大学のデイケアに入れました。半年であっという間に英語をぺらぺらに話せるまでになりました。お陰で日本に行っても何の問題もなく、孫と日本語で話せると両親に喜ばれました。主人に文句を言われても日本語の体制を崩さなかった事、主人が待ってくれた事が良かったんだと思います。
カルフォルニアのばあさん
が
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うちの息子は小学三年生(現地は4th)、娘は年長(現地は1st)でアメリカ人の父と(日本語少しできます)日本人の私の元でアメリカで生まれ育っています。平日は現地校、土曜日は補習校に行き半べそかきながら日本の宿題に追われる日々です。いやがる日本語の勉強と宿題に意味があるのかと思いながら、何の為か、もう辞めようかと毎回思いながらいます。
日本語は私から子供達に出来る唯一のプレゼントだと思い、出来る限りの事はしたいと改めて思いました(これでいいのかなあ。。。)
カルフォルニアのばあさん
が
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