5月31日 日比谷野音に集合!
福島原発事故の厳正な捜査と起訴を求める大集会
福島の叫びを聞いてください。
情報拡散のご協力もお願いいたします。
日時■5月31日(金)13:30〜15:30
場所■日比谷野外音楽堂
16:00〜17:00 東京地検前で「激励行動」
17:30〜18:00 東電前抗議行動
エレーナ有座さんのチェロリサイタルのお知らせ
Saturday, May 25, 2013
at 4PM
San Francisco Conservatory
of Music, Recital Hall
Free Admission, Reception follows
Limited seats, please RSVP to Nagisa Ariza
nagisa@comcast.net
詳細はフライヤーをご覧ください。
母が生きていたら
今朝 塩を振っておいた梅を見たら水がかなり出ていました。
3つのボウルだったのですが水が出て縮んだので
一番大きなガラスのボウル 1つに纏めました。

お友達から塩量は梅の重さの20%と習ったのですが
今年は13%にしてみました。
去年は塩が飽和状態になって底に真っ白く結晶を作っていたので
ちょっと減らしても良いかもと思ったのです。
今年は水も澄んでいます。
上手く行きそうな気がしてきました。
今日は重石ものせましょう。

こんな時 母がいたらなぁ〜と思います。
母に私が梅干を作れるようになった事を見せたいのです。
アメリカに嫁いだ娘が梅干を作るようになるなんて
思いもしていなかったでしょう。
お母さん そう言えば 私 納豆も作ったんですよ。
私を褒めてくれる母の声が聞こえるようです。
私は今年65歳になるのに 母を想う心は子供の時のまま
母がこの世を去った時
私の母を想う気持ちは子供に戻ったのです。
だからこうして梅干を作っていることを
褒めてもらいたいのです。
最後までお読みくださり有難うございました。 そしていつもご訪問と応援をありがとうございます。





















コメント
コメント一覧 (53)
料理とお菓子に関しては、まだまだ元気な母に「私よりうまいわ」と言ってもらえると嬉しくなります。
私は紅生姜や梅酒、梅の砂糖漬けを作れるようになったことを祖母に褒めて欲しかった。
祖母にもっといろんな事を教わりたかったと思いつつ作っています。
祖母が作ってくれていたあの味を思い出しながら作ります。
血がつながっているからか、園芸も祖母並み?にうまいらしく、誇らしく思います。
アメリカの食べ物で何か検索をすると事あるごとにこちらのブログへ辿りつきいつも大変参考にさせていただいてます。
そして、今日はアメリカでもこうやって梅干しが作れるなんて感動いたしました!私も母が毎年今の季節になると梅作りを始めて、でもその思い出は25年前で止まったままです。その後、父が後を引き継ぎ・・・、それも5年前で止まってしまいました。いくつになっても、何年経っても母の思い出は薄れませんね。そして胸がキュンっと締め付けられます。今日もこちらの記事を読んでいて胸キュンでした。この辺り(DC近郊)では青梅を見かけませんが、もし見つけた時は私も母に褒めてもらうために?!梅干し作りをしたいと思います。そんな動機で良いですかね(笑)
母もモントリオールにきてからはアプリコットで梅干を作ってくれたので、今時分アプリコットが出ると硬そうな青い実のほうに手が行きそうです。地下の冷蔵庫には10年前からのが眠っていて、時々のぞいて満足しています。
自分で作る梅干は、食べるの勿体ないくらい、かわいいんですよね〜。アラメダもまた漬けたいなぁ。
塩を13%なら条件次第でそのまま本漬けまで問題ないと思います。が、発酵しそうな様子なら、ホワイトリカーを入れて阻止したほうがいいですね。本漬けする時も焼酎入れながらの方が味もまろやかになって色がきれいに仕上がると思います。これは古来よりの塩のみで作る梅干と違うっておっしゃる人もいますけど、減塩するためには仕方ないですもんね。
アラメダはこの数年ずっとインドのピクルス「アチャール」に挑戦しようと思ってきたのですが、この調子だと、また今年も青いマンゴー買いそびれて実現しなさそうです。
母親っていいものなんですね。
私の母は働く継母だったので、あまり母の暖かさ、良さというものを知らずに育ちました。
26歳で戸籍を逆に辿って実母に会いに行きましたが、既に再婚して新たに子どもを2人もうけていましたので遠慮もありました。
特に前の結婚を秘密にはしていなかったので最初は頻繁に実母にも会いに行っていましたが、父が亡くなるときにいろいろとあって、今はまた疎遠になっています。
逆に継母の方が(もちろん私も)、年を取って丸くなったのでしょうね、少しづつ良い関係になりつつあります。
昨年末に帰国したときは私たち一家の分の温泉旅行代を支払ってくれました。
今年はこちらに引っ越して18年、初めて母の日に継母に贈り物をしました。
お互いに「変われば変わるもんねぇ」と思っている感じです(^_^;)。
それでも、幼かったときに自分を無条件に受け入れてくれた、という思い出がないのは寂しいものです。
娘は私をどんな風に思って大人になるんだろうな、私がいなくなったあとはどう思って生きて行くんだろうな、とときどき思います。
息子が幼稚園の時、もの凄く広い梅園に梅ちぎりの遠足に行ったんですけど、取り放題だからゴルフボールみたいに立派な梅を数キロ持ち帰ったんです。でも当時梅干しはダンナの実家から大量に送って来ていたので梅干しを作る気にはならなくて、全部梅ジュースにしてました。梅ジュースって何年経っても全く大丈夫で、夏氷を入れて子供達に飲ませてましたよ、私の大好物はシワシワになる前の梅!美味しかったわぁ〜。
そのお気持ち良く分かります。私も母が生きていたら「こんなものまで作ってるんだぜ!」って自慢したい時がありんすよ。(笑)母は合理的な人だから日本にいたら「子育てで忙しいんだから、そんなの作らなくても買えばいいわよ。」って言ってたかもしれませんけど、今海外で餃子の皮や手打ちうどん、ぬか味噌、納豆に鯖の棒寿司まで自分で作ってるのを知ったら、「よく工夫して偉いね〜!」って吃驚すると思いますよ、オホホ〜。
きっと母は子供の頃の思いに戻ったのでしょう。私もここ数日は元気だった頃の祖母への思いに戻って涙しています。祖母が生きていたとしても若返って元気になる可能性はなく、もちろん私が学生時代に戻れる訳ではないのですが、祖母が亡くなってしまうと何故かもうあの頃のように話すことができないんだと思い悲しくなりました。
孫も祖母を亡くすと子供の頃の思いに戻るようです。親に対しては後悔のないように接したいと思います。
きっと母は子供の頃の思いに戻ったのでしょう。私もここ数日は元気だった頃の祖母への思いに戻って涙しています。祖母が生きていたとしても若返って元気になる可能性はなく、もちろん私が学生時代に戻れる訳ではないのですが、祖母が亡くなってしまうと何故かもうあの頃のように話すことができないんだと思い悲しくなりました。
孫も祖母を亡くすと子供の頃の思いに戻るようです。親に対しては後悔のないように接したいと思います。
子供は特に娘はいくつになっても母親に褒めてもらいたいのですね。
昔々ドイツに来た母が、
作らなければ無いから
私が納豆でも、お饅頭でも何でも作るのに驚いてくれました。
それがたったこないだのような気がしますが、
あの頃の母の年齢になってしまいました。
母は褒めるどころか私が誰かもわからないようです。
母が元気な頃作ってくれたラッキョウが
もう10年以上にもなるのに食べてしまうのが惜しくて冷蔵庫にあるのですよ。
家を出て1人でアパート暮らしを始めた娘をせいぜい褒めてあげようと思っています。
ちょっとしたことでの言い合いが距離を置いたことで無くなって
お互いがやさしくなったようです。
ほぜこさんのお話にもしんみりしてしまいました。
このブログに遊びに来る人が優しいのは Chiblits さんのお人柄なんでしょうね。
私も梅干しには特別な思いがあります。
長女が幼稚園に行くようになったら、教わる約束をしていたのに、亡くなってしまった母。。。
もう15年も経ってしまいました。。
今でも梅雨時お天気を気にしながら、出したりしまったりしていた姿を思い出しますよ。
そうです。そうです。いくつになっても褒められたいのです。
そして、心底褒めてくれるのは、やっぱり親なのですね。
Chiblitsさん。。。梅干しを漬ける時の塩をふる手付きや、瓶を運ぶ後ろ姿、きっとお母様にそっくりですよ。
コメントは久しぶりですが毎日拝見しています。
ドイツのばあさん、いづ吉さん、こちらで名前を拝見すると嬉しくなります。
私の場合は海外に娘を嫁がせた母として、果たして娘を褒めてやったかと自分に問ってみました。
ドイツのばあさんが書かれているように距離を置いてお互い優しくなったと感じていますが、今まであまり褒めてはいなかったので反省しています。
心の中ではよくやると思っていたのですが口には出していなかったような。
娘も納豆、味噌、梅干し作り、その上野菜まで作って奮闘しています。
今日は早速頑張っているねぇとメールを書きます。
死んでしまったら、その人と二度と会えないと思うと、何だか息苦しくなります。天国を信じていれば、また会えるわけですけど、天国ってほんとにあるのかな(←子供な発言ですみません)
以前、アメリカの方だったと思いますが、もう少しで死ぬという方だったのですが、「天国に手紙を届けます」って募集をして、亡くなるときに、持っていってくださったんです。ちょっと希望がもてる話でした。
私は今年33になりました。タズさん世代だと思います。今年の母からのバースデーカードには、「33歳!大きくなったね」と書いてあり、なんかとても笑えて泣けました。こんな年になっても子供は子供なんですよね。
結婚して7年、子供のいなかった私もようやく今年ママなります。
また、作ったら「どうやった?上手いことできたか?」など、働いていた私には相手ができなかったのと、母も人生で2回梅干を作って失敗しました。
1回目は、梅干にカビがはえてその年に父が亡くなったんです。
2回目もカビがはえ母が亡くなりました。
私は、そのジンクスを信じたくないけど、信じているのでしょうね。
チビちゃん男の子でしたか〜
まことに失礼しました。
あまりにも優しいお顔をしているので、女の子と間違えました。
御免なさい。
ご自分で梅干しを作れるようになったことお母様が生きていらしたらきっとお喜びになりますよね。
17日から21日まで父が市内の病院に入院してるので鹿児島へ帰ってきました。
吉野の妹の所から天保山の病院まではわりと近いので妹の家に宿泊してのお見舞いです。
吉野から見える桜島は灰で姿も見えない状態の時が多いようです。
相変わらず桜島の噴火は盛んでした。
この時季は梅と枇杷の収穫の鹿児島ですよね。
梅が道の駅にも沢山並んでいましたが個々の家の梅の木にも実が付いてましたよ。今年は梅が少ないとか・・
私は梅干しを作ったことはないのですが妹達は毎年作ってるようです。
お料理上手なChiblits さんお母さんも料理お上手だったんでしょうね。
今日は久しぶりにお邪魔させていただいて病院で父の付き添いをしてる母の姿を思い出してました。
遠く離れてると親孝行も出来ないです。
でも19日は母の79歳の誕生日だったので父の病室で両親を囲んで妹&姪っ子達とお祝いしてきました。
母は83歳。体の衰えを感じてはいすものの、元気に過ごしてます。
何でも手作り(母の世代はそれが普通かな)で、梅干し らっきょう漬け 白菜漬け、味噌、かるかん、炊飯器で作ったバースディケーキ、等々、、、今は手作りも減ったようですが梅干し、らっきょうはまだつけてますね。母が作ったものをもらうので、まだ梅干し作ったことがないのです、還暦を迎えてもまだ、そこいらの娘っことまったく変わらないじゃないか、、この私(-_-;)
母が元気なうちに梅干しの漬け方習っておこう。
母が元気でいる、というのは子ども孝行ですね。chiblitsさん、私達も、元気で長生きして子ども孝行しましょうね、
親の近くにいた頃は一緒に時間を作ってゆっくり出かける事もしませんでした。
離れた所にいる今は、できるだけ会いたいと思うのですが…。
いつまで経っても褒められたいですね。 認められたい気持ちも強いです。 結婚前は針を持ったこともなく、結婚後地元のアパートでカーテンを付けたものの、長すぎて引きずったまま放置してたら、母親が見かねて直してくれていました。
今は、キルティングでキングサイズのベッドカバーもチクチク手縫いでやっています。
アメリカに来て一番最初に作ったキルティングは最初の作品にもかかわらず「大きなもの」に挑戦してしまい。 でもそれは実家の母へのベッドカバーでした。半年くらいかかってやっと仕上げて送ったら、「絶対自分で作ってないでしょ!カーテンのすそ上げさえしなかったのに」って疑われてしまいましたよ。
元気なうちに会いに行こうと思います。
いつもブログから、家族への愛を気づかせて戴いています。
今日のは、読んでいて熱くなりました。
私の母(お母さん)に会いたい。
やっぱりお母さん。
ありがとうございました。
その母にあと何年親孝行ができるかと思うと、その短さに切なくなります。
でももし母がいなくなっても、私があれこれやってみようと思ったなら、それはきっと母が褒めてくれるかなぁって思うからだと思います。
Chiblitsさんのお嬢さんにも、お母さんに褒められたい思いがあって、頑張っておられるのかな、なんて思ってしまいました^^
昔、母に梅干しの漬け方を教えてと言ったら、
「私の生き甲斐を奪わないで!」なんて言われました。
毎年大量に漬けて、子供達に送るのが母の生き甲斐だったんです。
でも母のは塩っぱく感じる様になって、和歌山から塩分13%のを
取り寄せています。
昨年、えりいさんがご自分で漬けられたのを、オフ会の時に持って
来て下さって、あまりにも美味しいのでレシピを送って頂いたの。
折角送って下さったけど、今年もお取り寄せになりそう…(苦笑)。
でも今年は、娘が初梅干し作りに挑戦するんですよ。
上手く出来たら、一杯褒めてあげますね。
梅干し作りは単純なようで難しく私は何度か失敗しましたが赤く綺麗に染まった時は感動します。
最近こそ高血圧になって作らなくなりましたがあれば便利ですね。自家製に勝るものはないですもんね。
いくつになっても親に褒められたい・・・ってありますね。
親になっても一生子どもでもあるんですよね。。。
なんだか当たり前のことだけどジ〜ンってきました。
私もお味噌を作るようになって数年。自分でもビックリです。
母が元気だったらやっぱりビックリするかな〜?パンだって焼いちゃうし、ケーキだって作っちゃう。かなりビックリだろうな〜。家ではな〜〜んにもしなかった娘ですから^^;
お母様はきっとChiblitsさんをいつも見守っていると思いますので、今回の梅干もきっと、わー凄いって思っていると思いますよ。
一緒に梅干楽しみにしていると思います!
親がほめてくれるっていくつになっても嬉しいですよね。
子供はいくつになっても子供です。
お祖母様への気持ちもおなじでしょうね〜。私の祖母は散らし寿司が得意でした。 でも祖母は自分では作らない人、人を使って作る人でしたから一度白和えを作らされたことがありました。祖母とはこんなこと一緒にしたことがなかったのでよい思い出になっています。 たらの介さんのお祖母様も嬉しいでしょうね。
初めまして!
そ、そ、そうなんですか!!
責任重大ですね。
Kumiさんもアメリカ在住ですか。 海外に出るとこうして日本では作らないであろうものまで作るようになりますね。この辺りでもお店には梅は売られていませんが日本人が木を植えている方がちらほらといますからそういう方から分けてもらってその一部が私にも来たりします。私はこちらの一世の方に習いましたよ。 こういうのって誰かに継いで言ってほしいと思うのですが私の子供たちはだめでしょうね〜。 どんな動機でもいいですよ!私は練り梅が目的なんですよ。
Magさんもアプリコットで梅干を作るって書いていらっしゃいましたよね〜。梅もあんな青いのにアプリコットのような良い香りがするんですよ。梅干とは全然違う香りがするんですね。 カイシャさん、梅干ってなかなか食べないものでしょ。でも練り梅にしたらどんどん減りますよ!!美味しいんだから。
お久しぶりです〜〜
私も!一番最初に作った梅干は1年半くらい食べませんでしたよ!勿体無くて。
発酵しそうな時ってみたらわかりますか? 今日は水が完全に浸っているのですが塩をもう少し加えようかな〜なんて考えています。飲んでいない焼酎があります!!でも梅干になってからアルコールっぽくないですか?私はアルコールに凄く敏感なんですよ。 やはり塩を加えようかな〜。
アチャール 食べたことないです。
しんみりとなるお話ですね〜。 親がいて当然と思う自分が甘えた人間に思えます。
血を分けた親子でも年をとって自分が段々変わっていくので親を思う気持ちもちょっと違ってきたりします。 例えば子供の時のように親は絶対的な存在ではなくて社会にでて大人になると親も完璧な人間ではないのだ〜って分かってきて。
私も私がいなくなったら。。。といつも娘の事を思います。
プラムの青いうちに摘んだらできるんじゃないかしら。 アプリコットでも青いうちに摘んだらできるそうですから。 え〜〜そうなんですか。日本の梅は熟しても甘くならないのですか!!知らなかったぁ〜〜
梅ジュース!! 飲んだことないですけどお塩の代わりにお砂糖漬けして甘い汁を出すんでしょうね。今は赤紫蘇ジュースが流行っていますよね。いとこのところで飲んだことがありレシピももらったのですが作っていません。
はらさんのお母様もびっくりするでしょうね〜。
お祖母様がお亡くなりになったばかりでしたか。
さびしくなりましたね。
私の祖母は私が27歳の時亡くなりました。
確かにそうですね。 私の祖母の思い出は幼少のころ、中学のころ 高校のころ やはり同居していたころです。 中学は再び同居したので学校が終わるといつも祖母の部屋におやつをもらいに行ったのがよい思い出です。そういうよい思い出はどんどん大きくなるのと忘れてしまうのがありますね〜。
海外に出たら自分でもびっくりするようなものまで作るようになるものですね。
ドイツのばあさんのお母様も驚かれたでしょう。
ほんとうにね〜私も母がここで元気に畑にお野菜を植えていたころがこの前のようです。その母もいなくなり、今度は私もいつか両親と同じ道を通るのだなぁ〜と思うと一生は長いようで凄く短いですね。 うわ〜お母様の作ったらっきょうが食べられない気持ちわかります。 生きている証を消したくないのですよね。 私は母と違っていいたい事を言う方なので私も娘を直ぐに怒らせてしまいます。
とても悲しいお話ですね。私も白味噌の作り方を習いたかったです。 15年になるのですか。 昔の方は何でもよく作られたのですね。 段々こういう習慣がなくなっていくのでしょうね〜。 いづ吉さんが習いたいと仰っただけでもお母様は嬉しかったでしょう。
本当に びっくりするくらい年をとってきたら母に似てきました。皆そうなるって言いますよね。でも母の方がずっと良い顔をしていましたね〜。
いつもご訪問ありがとうございます。
本当に!!今日は2009年のフランスパン以来でどいつのばあさん、いづ吉さん、maruさん 出揃いましたね! 今日はフランスパンとは関係無いのに不思議な偶然ですね。
娘さんも海外に出られて納豆 味噌 梅干ですか!!日本では普通に食べられるものが手に入りませんからね〜。お店に行けば何でもありますけど家族の手作りとは全然違うし。
maruさん フランスパン焼いていらっしゃいますか。私はまた始めようかなと思っています。 もう焼けなくなっていたりして。
私も梅干って病気の時しか食べなかったのですよ。3年に一回くらいとか。でも練り梅にしたらあっというまに梅干が減ります。
天国信じたいですよ。私はそこで両親に会うつもり。
天国に手紙を届けますっていいお話ですね。私も家族にそういってお別れしたい。 でも自分はどんな病気でどんなふうに死ぬのかなってよく考えて暗くなります。
はい娘の世代ですね。ふふふ 33歳 大きくなったねって私まで笑えて泣けてきました。 母親の気持ち 皆同じですね〜。
私が両親を看ていた時は50代でした。両親は50になった娘をどうみていたのかなぁ〜って思う時があります。そしてこんなことを書いている間にもこくこくと時間が過ぎて娘もすぐに50になるのかなぁって思うと切なくなります。
おめでとうございます!!! 良かったですね! お母様 嬉しいでしょうね。
お母様は京都yokoに作ってあげるのが楽しみだったのでしょう。
失敗した年に不幸がというのは悲しい思い出ですね。 そういうことがあったら私も作りたくなくなるかも。 きっとお父様の病気の時もご自分の時も梅干作りに集中できない理由があったのでしょうね。
ちびは中性のような存在ですけどおしっこをする時やはり男の子だなぁ〜って思います。足の上げ方が悪くて片方の足にかけたりしています。
妹さんは吉野ですか!
お父様が入院でご心配でしたね。でも皆さんの賑やかな写真をみてお父様も嬉しかったでしょう。
まだ櫻島はそんなに噴火中ですか。 義理兄が去年帰ったときに肺が弱いのでとてもつらかったと言っていました。 いつになったらこの噴火がとまるのでしょうね。
お母様の誕生日の写真を拝見しました。 79歳 お元気そうですね。ご両親はとても嬉しかったでしょうね。
お母様は83歳ですか!
私の母が生きていたら今年88歳です。 生きていたら一緒にカリフォルニアに住んでいたでしょう。 父が亡くなって一人になったら母はここカリフォルニアで暮らすと家族は思っていました。
かるかんもですか!!! かるかんを習いたい!!
私だって母が元気で作っていたら自分では作りませんよ。習うだけ習うかもですが。みいぼさんが作ったらお母様の楽しみがなくなるかも。 私も元気で子供孝行したいですね〜。
一緒にいる時はそうですよ。それが普通ですよ。 離れて初めて存在のありがたみがわかりますよね。
ふふふ、みかねて直すって私もよくします。
凄い!今はキルティングまで作るのですか!あはははは疑うなんて面白いお母様ですね!! 私が娘に言いそうなこと。
娘もお裁縫をするようになりました。繕い物ばかりですが何か作りたいって言い始めました。
初めまして!
いつもご訪問嬉しいです。
素子さんもご実家から離れていらっしゃるのですね。 無性に会いたくなるときがありますね。 その気持ち お母様も嬉しいでしょう。
素晴らしいお母様ですね。そんなに褒めてくださったのですか。本当に後何年と考えると切なくなります。私も長生きしてあと15年ですからね〜。 一年があっと過ぎてしまうので本当に残り少ない気持ちになってさびしいです。
娘も色々と口では言いますが褒められたいのですよね。 でも私も娘から褒められたいのですよ。
こんにちは〜〜
今青空市場から帰ってきたところです!
あははは 生きがいをとらないでって流石にアンさんのお母様 お元気ですね〜〜〜
去年は皆さんからのコメントでお塩を減らしていいのだなぁってことがわかり今年は実行しています。 でも気をつけないとカビがくる可能性もある濃度なんですね。底に塩の結晶がなかったらもっと足してみようかなと思っています。
ひとつに纏めたのでだめになったら全滅ですから。
えいりさんの梅干レシピですか! ふふふ、きっとアンさんのお嬢さん お母さんができないことをできるようになって褒めてもらいたいのでしょう。
いい主婦してますか! ありがとう。でももう少しじいさんに優しくならないとです。
そうなんですよね〜。初めての年は教えてもらったとおりにしたので成功しましたけど2回目はちょっと自分勝手に変えて自身がつき過ぎてそれほどよくできませんでしたが今年もちょっと塩量を変えたのでどうでしょうかね〜。 高血圧に梅干はよくないですね。
最近お母様をなくされたのですか。 母を亡くすというのは人生の中でとても大きなことですね。亡くなった頃は誰も出ないと分かりつつ実家の電話を鳴らしていました。
私も思い出すのはカリフォルニアに来ていた頃の母、鹿児島では畑やお花を植えていた頃の母です。 私も次の世で両親に会えると信じたいです。
お久し振りです〜
私達もはじめは子供だったんですものね〜そんなに人間の気持ちは変わりません。でも昨日は親の気持ちでした。あっちいったりこっちいったりです。
私も結婚前は家でな〜んにもしない娘でしたよ。 気が向いたらお菓子だけはつくっていましたけど。 母のお料理のお手伝いもしたことなかったです。
私も母がびっくりするだろうと思います。
失敗しないように完成しなくちゃです。 赤紫蘇も大きくなってきました。
もう、梅干漬けられたんですね。
今年は梅がどこもお高くて、、、手が出ません。 昨日は梅酒用を3パウンド買うのがやっとでした。
タップリ漬けられたんですね。青い梅でつけた事ないのですが、漬けあがりは硬いのがお好きなのかしら?私は柔らかいのが好きなので少し黄色くなったのを使います。
良いですね、素晴しい梅をお持ちのお友達がいらして羨ましいです。
でも、今年は諦めました。
梅高すぎます。 あーあ。
梅はお店では見たことがないです。。。と言っても私はMitsuwaにもニジヤにも殆ど行かないのですが。 そうですかそんなに高いのですか。 ふふふ 庸子さんは梅干より梅酒優先ですね。
私ね 去年はちょっと熟したのをつけたんですよ。そしたら水につけすぎてしまったこともあって皮が破れて梅干が梅干ばあさんみたいになって種と皮みたいに痩せた梅干でした。硬くて軟らかい中間くらいが好きですね。 実は去年作った梅干が殆どへっていないのですよ。来年青梅をいただいたらお譲りしますよ!!今年はたぶん4キロ近いです。
アメリカのお墓事情を検索していてこちらに参りました〜。
梅は、私はカリカリ梅も普通タイプも毎年10%でやっています。(多くても12%だそうです。私の持っている本によると。)
カリカリ梅はその食感を保持する為、また普通タイプの物も念のため冷蔵保存してはいますが。。。
ご参考まで。
アメリカでは住んでいない人でも家族が居住していればお墓が作れて、日本よりうんと費用がかからないのですね。驚きました。
私が縁があるとしたら、サンタクララ、サンノゼ、サンフランシスコあたりなのです。
場所によっても色々、違うのでしょうね。
自分のお墓が作れなかったら散骨してもらうのでもいいなって考える今日この頃です。
情報をブログに公開して下さり有難う御座います!!
お墓事情からでしたか。
カリカリ梅は初耳です。 乾燥させた梅ですか。
昔台湾人からいただいた梅のようなのかな。 10%なら念のため冷蔵保存の方が良いでしょうね。 私は冷蔵庫が小さいので室温保存にしていますが今のところまったくカビがくるふうではないです。 ベイエリアですか。 それなら殆どどこでもこのようなお値段と思います。 カトリック経営のお墓も同じお値段でしたよ。
カリカリ梅はこちら↓
http://cookpad.com/recipe/1471032
料亭とかの箸休めに出てくる様な感じの物です。
甘いタイプはこちら↓
http://cookpad.com/recipe/595556
(これは最高に美味しいです!!)
台湾の梅は、恐らくリーヒンムイという甘い乾燥梅では??
ではでは、お体に気を付けてお過ごし下さい。
写真をみて思い出しました!これ食べたことがあります! カリカリ梅っていうんですね。 それほど塩辛くてなくて美味しかった記憶があります。 そうそう台湾のものとはぜんぜん違います。 カリカリと聞いたので乾燥した梅かと思いました。 このカリカリ梅は小粒ですよね。