Miyukiさんのブログ「そしても今日も途方にくれる」で紹介されていた
「福島第一原発で働く皆さんに感謝の気持ちを届けよう」という活動では 作業員の皆様に、機能性インナーとカイロを寄贈する寄付金を集めています。
寄付は2014年2月28日までです。
福島第一原発で働く皆さんに感謝の気持ちを届けよう
筆跡
娘が久し振りで両親のお墓参りに行きたいというので
娘と二人でお墓参りをしてきました
ここから車で5分しかかからないこの町のダウンタウンから

一角しか離れていないところにお墓があります
三方を閑静な住宅に囲まれて南側は山です
アメリカで私が見たお墓の中で一番素敵なお墓です
両親の墓石を作ってもらう時は
石屋さんを行ったり来たりしました
石の大きさはには制限がありますが
中に書く事は宗教に関係なく自由です
故人の写真もあれば
故人へのメッセージ 聖書の言葉 引用句 詩 絵 等が彫られています
父からは特に墓石に関しては指示がなかったので
どのような墓石にしょうかと考えました
父から褒められるような
両親が喜ぶような墓石にしたいと思いました
私が思いついたのは 両親の筆跡です
父は筆まめな人で 孫達 私達によく手紙を送ってきました
時には毛筆で 時にはワープロで
最後の数年はイーメールでしたが
手紙は大事にとってあります
石屋さんに相談すると今はレーザーを使うので
かなり正確に彫れると言うのです
私は父の手紙をスキャナーにかけ
母は筆不精だったので パスポートをスキャナーにかけて
デジタル化して石屋さんにお願いしました
半年かけて完成した墓石は素晴らしい出来上がりでした
漢字を全く知らない石屋さんですが 毛筆で書かれた父の字が
そのまま 正確に再現されていました
私にとって父の筆跡は写真よりも何よりも
父の姿そのものなのです
このお墓に来て 父の名前を見ると
昔 元気だった頃 手紙をよく送ってくれた頃の父を思い出し
父に又出会えたような気持ちになります
追記
とほほ 今日も 聞いた聞いたのお話でした
ではここからは新しいエントリー
帰りに娘と久し振りにタイ料理 Bai Tongに寄り昼食をして帰りました
オーナーさんからLong time no see (久し振りですね〜)と話しかけられました
今日は満席
開店当時はお客さんが少なくて 消えないといいけどね〜と
話していたのに 心配無用でした
タイ料理 とても美味しかったです

私達は客足の少ない開店当時によく行ったので
オーナーさん 覚えていたんでしょうねと娘と話しました
娘も 絵を買って下さった最初の頃のお客さんは5年経った今でも覚えているといいます
そう言えば私も 歯科技工のラボをオープンした頃
色合わせをした患者さんをよ〜く覚えています
長ったらしいエントリーになってすみません。
最後までお読みくださりありがとうございました。
今日も楽しい一日をお過ごしください。
↓を応援をしてくださるととても嬉しいです。





















コメント
コメント一覧 (20)
20年もすると、書くほうもコメントするほうも前の晩のことは霧のかなたかもね〜〜〜
お嬢さんと 楽しい時間をお過ごしにと
コメントスルーでしたが。。。
前にチラッとの記憶 Chiblitsさんのご両親
そちらでのみの お眠りなのですか
日本でもやっと近頃 絆・家族etcが刻まれております
筆跡なんて素晴らしいですね
故人を懐かしく感じられる事でしょう
我が家は 後継者なしで 味気ない納骨堂
お墓のアパート購入ですよ
お嬢さんと 近くの距離 羨ましい限りです
どうぞ 似たもの同士並んだ姿を 眺めながら
良い時間をお過ごし下さいませ
私は最近からの読者ですので、初めてお聞きしました。
将来、娘は私の筆跡を思いだすかしら。娘が独立したら、メールばかりじゃなくて、ちょっとした手紙やハガキを送りたいと思います。
miaと申します。
パンのレシピの検索からこのブログを知り、
一月ほど前からのんびり過去ログを読ませていただいています。
私もカリフォルニアのもう少し南、ロサンゼルスに住んでいます。
昨年の9月日記でcocoonのお話の時にん?と気になる単語が
石膏モデルにクラウン、ポーセレン
デンタルラボ
そして今日の話題に歯科技工
私も技工士なんです
今は少しおやすみしていますが(^_^;)
今でこそ私の辺りの地域には日本人の技工士さんも多くなってきているらしいですが、Chiblitsさんの頃には日本人技工士で尚且つ女性でなんてすごい少なかったと思いますし、自宅にラボなんてすごいなと読ませていただいています。
これからもブログ更新、のんびりでいいので楽しみに待たせていただきます。
ブログのようなお二人と一匹の生活、そんな夫婦になれるよう私もがんばって行きたいと思います。
ご両親との思い出の話は何度聞いても心がしっとりやさしい気持ちになります。ワタシは故人の話をするのは供養のひとつなんじゃないかと感じます。
実は叔母の葬式のとき焼き場には行き帰りで別の道を通るのがいいとされているのに、ルートを間違えて迷った挙句に同じ道で帰ったという笑い話があるのですが(もちろんこれをやったのはワタシ
Chiblitsさんのご両親もきっと喜んでおられると思います
Chiblitsさんのブログには、癒されています・・。うーん、癒されるという表現は少し違うかもしれません。ほんわかした気持ちになります。そこがランキング上位の理由なのだと思います。いつもありがとう御座います。
娘さんと一緒にお墓参り・・・。ご両親も喜んでいらっしゃる事でしょうね。私も時々父と話をしに、お墓参りに行きます。「元気ですか?」と話しかけて、亡くなって元気?もないわぁ・・と、自分でウケたりしています。
いまちょっと仕事で凹んでいますが、気持ちを切り換えて前進するパワーを戴きました。よい1日を!
そんな黄昏時にホッとするような心が安心できる暖まるエントリーをありがとうございます。。。
墓石を自筆で、って思いも寄らない事でした。どんな言葉をきざまれたのですか?公園のようなお墓、いいですね。
何度聞いてもやっぱり私も反応しちゃいます。
その時々で読者の皆さんにとって
心を打つエピソードだと思います。
ちょうど私も、このタイミングで
亡き両親の直筆の書類が出てきたりして…捨てるにしのびなく
そして、その筆跡で確かに両親が
生きていた証しというか…
表現が難しいのですが
日々、薄れていく彼らが生きていた
一緒に生きた現実が遠ざかりながらも、
メモひとつで
父の、そして母の存在が
まるでそこにいるかのように
感じることが出来るというか・・。
父の達筆は私の誇りでした。
先日、縁戚の家が取り壊しになり
その中から、主の亡きおじさんが
直筆で書いた娘さんの名前入りの
椅子が出てきまして。
彼女が子供の頃の椅子でした
それを娘さんにお見せしたら
涙を流して
「ああ、お父さんの字だわ。
残してくれていてありがとう」
「父の字が好きでした」と。
彼女はそれを胸に刻んで
椅子を処分されましたが
私はまだ…両親の残した筆跡の残るものはどうしても処分できずにいます。
きっといつか、自然とそれを
手放すことが出来るのでしょうね。
長々とすみません!
でも、本当に写真より何より
筆跡が、両親の存在そのもの…
なのです、私も。
数年前よりブログを読ませていただいております。
勿論お会いしたこと、面識もありませんが、とても身近に感じさせられ、毎回楽しみにしております。
ご両親への想い、単なる筆跡ですがとても意味深いですね。
私もアメリカに住み始め20年がたち、昨年他界した父のお葬式にも行くことができず、後悔しております。まだ健在の母の顔を今年こそは確認しに帰郷できればと思っています。ついでにお手紙でも書いてもらおうかしら・・
読むほうも忘れていますか。。。。ここはシニアさんが多いですからそんなに心配しなくてもいいのかな。
おはようございます。 そちらのお天気はいかがですか。 確か お嬢様は南カリフォルニアでしたよね。 今回は北よりも雨が多いと聞きました。 恵みの雨ですけど土砂崩れや洪水は怖いですね。 最近は丁度良いってことがないんですね〜。
そうです。 父は分骨もしないでこのお墓に納骨しました。 父は長男ではないので鹿児島のお墓にはどうせ入れなかったのですよね。 日本は長男ですですよね。 お墓って生きている人のためにあるものですよね。 私のお墓 あまり先は考えないですが両親と一緒に入れることだけは嬉しいです。
そうですね〜 いなか(^-^♪さんはお嬢様達にからちょっと遠いですね〜。 でもいいですよ〜娘のところは気持ちが全然リラックスして気を使わなくていいですよ。
そうか〜 2006年から今までず〜っと読んでくださっているって思うほうが不自然ですね!! 良いことに気がつきました。 2度目であろうが3度目であろうが考えないで書くことにしました。
娘にちょっと聞いたのですよ。 私の筆跡も入れようかな〜って 今は見たくないから入れるなって言われました。 でも私が居なくなったら入れたくなるかもね〜なんていいましたね。
はじめまして ご訪問ありがとうございます。
Miaさんも歯科技工士さんですか!! 私の頃。。。アメリカは女性技工士は私の頃から結構多かったですよ。 Miaさんは日本ですか? 私は見習いで始めたのですよ。 ワックスでMolarを作るのが始まりでしたけど最初から凄く楽しかったです。 私の場合は自分でラボをオープンしてからメタルフィニッシュの仕事 ポーセレンを削る仕事も全部するようになったので肺に合わなかったようです。 Miaさんもマスクをしてお体を大切にしてお仕事を続けてくださいね。
こちらも雨らしい雨です。 でも私は鹿児島の集中豪雨で育っていますからね〜こんなの 未だ小雨みたいです。
確かに! 故人の話をするのは供養 私も同感です。 別道のお話 昔 聞いたことがあるようなないような。。。 聞いたことがあっても完全に忘れていました。 本当に故人のプレゼントと思うときがありますよね。 私もいくつかそんな経験があります。 私も私の葬式には笑い話を沢山して欲しいな。
こちらも昨日から雨です! 南半球からアメリカの西海岸全部に雨を降らしている大きな雨雲です。
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私もいつも感じます。 お墓で家族で話しているとき 両親がそばにいて聞いているのだなぁっていつも思います。 あははは なくなって元気もないわぁ〜 そうそう お父様は天国でいつもお元気ですよ! 病気はないところですから。 私もお墓で一人のときは声をだして話しかけます。 本当にいるような気持ちになります。
ご訪問ありがとうございます。 私はこのブログでじいさんへの不満を書いてストレス解消をしていますが 両親のことを書くと いつも私も心がほっとしたり嬉しくなったりします。 こんなブログにやさしいコメントをありがとうございました。
そういえば父の時は携帯電話ってあったのでしょうけど 私たちはデビューが遅かったですね。父は最期まで携帯は持たずでした。 ちちのパソコンは子供達が鹿児島に帰ったとき 父にパソコンを用意してあげたのですよ。 それまでは父はワープロだったのですが パソコンに飛びつきました。 それからですね〜イーメールになったのは。 1998年の夏です。
父の名前です 自筆はそれだけ。 表には両親に送る言葉を英語で短く そうそうそして桜島のシルエットも入れてもらいましたよ。
mayuminさんが書いてくださったお父様の自筆を発見したときのお気持ち そのまま分かります!! これは経験しないと分かりませんよね。 本当に筆跡でそのひとそのものです。 写真 声 等も再生して思い出しますけど なぜか筆跡には写真にはない力があるんですね。 私は自分のベッドの横の引き出しに父のスケジュールブックがあるのです。 父が鹿児島で入院した時 最後に使ったものです。 殆ど空白なのですが お世話になった看護婦さんの名前 お見舞いに来てくださった方の名前 住所 等が書かれていて父が生きているような気持ちになれるのです。 字は本当に不思議な力がありますね。
初めまして いつもご訪問有難うございます。 こんなブログを楽しみにしてくださってとても嬉しいです。
Rieさん 外国に住んでも日本に住んでいても状況に寄ってはなかなか会えない時があります。 会いたくても会えないことあります。 ふふふ お母様に書いてもらうより Rieさんが書いて差し上げるといいですよ。