
マグロを切る
1970年代初めの頃
うっちゃんは日本の大学病院で看護師をしていました
アメリカの看護雑誌を図書館で見て凄いと思いました
RNの仕事内容 社会的な地位 日本となんと大きな違いでしょう
アメリカで仕事をしたい!と思いました
その手始めに教会に行き始めました
宣教師にその気持ちを話すと 故郷の教会で
スポンサーを見つけてくださったのです!
パイロットで時々日本に来られる方でした
何度かお会いしてとても信仰深い想像を超えた親切なクリスチャンであることが分かり
アメリカ行きを決心しました
サンフランシスコ空港で(今なら考えられない)
グリーンカード(永住権)を受け取りました
二匹のドックシターをする事で 離れに無料で住める
と言う条件付きでアメリカの生活が始まりました
その方は すぐ仕事場と車を探してくださり
着いて二週間後には二冊の辞書をポケットに入れて
看護助手として働き始めたのです
朝は犬の世話をして 昼間は看護助手をして働き
夜は米国看護試験を受ける為のカレッジに通学しました
一生懸命貯金をして 現金を枕カバーに隠していたのですと!
シーツを替えに来たミセスに見つかって
こんなところに現金を置くものじゃないと言われて
銀行口座を作ることになったそうな(笑)
2年間頑張って 見事に国家試験に合格
カリフォルニア州の看護師免許を得て
晴れてレジスタード・ナースになったのです!
良いお給料を取るようになったうっちゃんは
スポンサーさんの家を出て独立 自分でアパートを借りて
新車 フォードの赤いPintoを買いました
丁度同じ頃 私は銀行から歯科技工ラボに移って
銀行よりちょっとお給料が上がったので
バス通勤を卒業して 新車 フォードの緑のPintoを買いました
当時は安い車と言えばフォードのPintoだったのですよ
お互いそれを知った時大笑いしました
私は1972年の夏アメリカに来て うっちゃんは1973年の春でした
私達は20代
夢と希望に溢れて 一生懸命仕事をして成功したい・・・
と思っていました
成功はしなかったですけど うっちゃんも 私も今幸せです
(心配事は沢山ありますけど)
うっちゃんが一言
何も知らない私が安全なアメリカ生活を始められたのも
信仰に篤い素晴らしい方に会えた事と時代が良かった・・・
私も本当にそう思います
ラスタは下の歯を失くして舌が出るようになりました

お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです
ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした





















コメント
コメント一覧 (12)
カルフォルニアのばあさん
が
しました
アメリカに来てからならともかく日本から来てすぐ
空港でグリーンカードを受け取ったなんて…
考えられませんね"(-""-)" すごい時代だったのですね。
アメリカで看護師さん、想像以上に大変だったと思います。
その頑張りが今の安定した生活に繋がり、
ラスタ共々、お金に困らず幸せに暮らされているのですね。
チブリッツさんが渡米されたストーリーも
ぜひお聞きしてみたいです^^
私が留学したのは90年代でした。
それでも田舎町で、今みたいに携帯もなく
日本には国際電話でした。大学の寮の部屋からの
電話のかけ方が難しくて苦労しました…
あと部屋が寒くてエアコンの温度調整がわからず
震えながら寝たのを思い出します。
誰かの実家から日本食が送られてくれば、日本人同士で分け合って
涙ながらに食べた、そんな時代でした。
私の親は早く帰ってこい〜とばかりに頼んだ服の中に
袋麺(冷やし中華)を一つだけ入れてました…(笑)
刺身とか苦手なので日本食が食べれなくても大丈夫だと
思ったのですが、あ〜うどんやお蕎麦が食べたい、
羊羹が食べたい、風邪を引けば、おかゆが食べたい、、
やはり日本人だと痛感したものです。
今は携帯もあるし、どんな田舎でもネットでアメリカ国内より
日本食を手に入れられますよね。冷凍ものでも!
無ければ無いで生きていけましたが"(-""-)"
ラスタ、また元気で会えて良かったですね^^
またチブリッツさんも、ゆっくりドライブしながら
うっちゃん&ラスタに会いに行く旅が出来ます様に♪
カルフォルニアのばあさん
が
しました
良い時代だったこと、良い人に恵まれた事は勿論ですが、お二人の徳と努力の賜物。 私は、兄と弟の大学の費用が公務員家庭には厳しく、高校を出たらすぐに就職して、家計を助けるように言われ、25日を過ぎたクリスマスケーキと言われるので、世間体を気にした両親に、次は結婚を急かされ、と 自分の人生に何の 信念もなく流されて過ごしました。 種は蒔いたように刈り入れるのですね。
人生の終章に来て、やっと目覚めた私。 うっちゃんさんのお話を読まれて、まだまだ人生が残されていらっしゃる方々、どうぞ、良い刈り入れができますように 。 チブリッツさん、良いお話、ありがとうございました。 うっちゃんさん、このお話を書くことをチブリッツさんに許可してくださって、ありがとうございました。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
私は日本で免許が無くて、アメリカで初めて取ったんですが
1ターム6時間×2回のドライビングスクールでパスしました。
アメリカは車が無いと生活できないので、試験に受かりやすくなっていると思います。
日本人が少ない年代に渡米するのは勇気が要るし
乗り越えてこられた方々を尊敬します。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
そこには本人のひたむきな努力と誠実、謙虚がたくさんあると思います
昨日の夜中にテレビでこころの時代という番組を見ていたのですが、そういうときに超えた存在と言うものがあるかもしれない、という話でした
私はいま、ちょっとしたピンチに立たされていますが、ひたすらどうしたらいいか、誠実さ、礼儀を失わないように残された人生、生きていきたいな〜と思っています
カルフォルニアのばあさん
が
しました
@あつこさんの仰言る「種は蒔いたように刈り入れる」の種も、今生の種だけとは限らないと信じています。
@あつこさんご自身の人生も、まだまだますます実りあるものでありますように。
私は実母・継母・義母となかなかに癖のある母達に人生を揉まれ、きっとこれまでのいつかの過去生での「親としての私」が至らないところだらけだったのだろう、と思い至りました。
今生でそこそこに辛い思いをさせられて、その借りが返せたのだとしたら良いのですが。
ラスタくん、最近よく舌が出ているなぁ、と思っていたら、なるほど、歯がなかったのですね。
でも舌の出た顔がまた可愛らしいです。
カルフォルニアのばあさん
が
しました