
EatingWellが勧める抗酸化の朝食
義兄の自分史で母親のことを読んでいます
【本から抜粋】
母は小学校3年生までしか学校に行かなかった
学校まで3マイルも歩かなければならなかったと言っていたので
おそらくラレドにあったのだろう
冬 学校まで歩くのは大変だったと思う

母は料理が本当に上手だった
とはいえ 今の基準では決して健康的とは言えない
クリスコで揚げ物をし パイやケーキ ドーナツ シナモンロールをたくさん作った
ルバーブの畑があってルバーブパイも作ったが 私はあまり好きになれなかった
酸っぱすぎたのだ
春になると田舎へ出かけてブルーベリーを
バケツ3〜4杯分ほど摘み 母はブルーベリーパイを作ってくれた
父は豚足の酢漬けが好きだったが 私はそれには全く興味が持てなかった
毎夏大きな野菜畑があったので トウモロコシ ジャガイモ インゲン キュウリ その他多くの野菜が豊富にあった
じいさんが大学2年生の時に急死したお母さんのことを 私は殆ど知りません
お母さんがどんなものを料理していたのか じいさんは特に話題にすることもなかったです
一度 レストランでスープの中に小麦粉で作った団子が入っていた時
これはお袋が昔作ってくれたなぁと言ったことがありました
私が知っているのはそのくらいです
私がモンタナの高校を卒業して 日本に帰った日
町の新聞に 日本からの留学生が帰国・・・という見出しの記事が出たそうです
お母さんはその記事を切り抜いて
夏のバイトでよその町に行っていた じいさんに送ったそうです
お母さんから 何故か私まで優しさを感じた時でした
私が自分史を書くなら 義母について書き落とせない思い出です
お手数をおかけしますが
色々とクリックしてくださると嬉しいです


ちびは20歳4ヶ月のトイプードルでした





















コメント
コメント一覧 (5)
ありません。食わず嫌いかもですが、、
そしてチブリッツさんは留学生で、何歳から
留学されたのでしょうか?その時代に高校から留学だなんて
色々とあったことと思います。機会があれば、高校時代のお話
聞かせて下さいね。いつも気になってました。
(じぃ様との出会い、結婚に至るまで!)楽しみに待ってます^^
カルフォルニアのばあさん
が
しました
私はChiblitsさんと同年代なのですが その頃の留学って珍しかったですよね
同級生で一人アメリカに留学した人がいましたが 帰ってきて学年が一つ下に
なってた記憶があります
カルフォルニアのばあさん
が
しました
旦那様との馴れ初め、ぜひぜひお願いします‼︎
私もオーストラリア人の夫と国際結婚をしていますが、当時は今より国際結婚のハードルが高かったのでは…と思うのです。ご両親はすぐに納得されたのですか?
ルバーブ は私はジャムを作ります。酸味が強いので、バナナと一緒にジャムにすると美味しいです。
生前、義母はミルクで煮たお米にルバーブのジャムを添えてデザートとして食べていました。
日本では季節に軽井沢などに行くと安く手に入りますが、いつだったかお姉様のお近く、北千住ルミネ地下の八百屋でも取り扱いがありましたよ。
今年も春に帰国されるなら、ルミネの富澤商店など行かれたら楽しいかもしれません。製菓、製パン材料が豊富です。すでにご存知だったらすみません。
カルフォルニアのばあさん
が
しました
きっとお二人をずっと見守って下さっている事でしょう。
ご主人の武骨な優しさはお母様譲りかも?
カルフォルニアのばあさん
が
しました